「ねぇ、昨日テレビでさ、見たんだけど」
「テレビなんてあったかしら?」
質問に黒は、首をかしげた。
「でも、テレビで見た気が…」
うーんと唸るのだが、やはりテレビで見た記憶しかない。しかし、テレビがあったという記憶はない。
「まあ、手段はどうでもいいのだけど。それで、何を見たの?」
「…あれ。忘れちゃった」
照れ笑う黒に、白は愛おしそうに微笑んだ。
「あぁ、そういえば。私もテレビかなんかで見たわね」
「えっ何、何?」
期待を眼に輝かせ、白を見る黒。しかし白はひょいと向きを変え、またその両手で黒に触れた。
「忘れちゃったわ」
悪戯にそう微笑んだ白に、黒はぷーっと膨れてしまった。
おもむろに足もとの雪を掻き集め、真っ白な手の中で真っ白な雪玉を作っていく。
歪に出来たそれを、白に向けて投げた。大した勢いも全くの悪意もなく、それは白に当たった。
「もう、白ちゃんの意地悪」
「あなたが可愛いからよ」
そういうと、すぐに膨れていた頬が小さくなって、またすぐに赤くなるのだから、可愛いいのである。嬉しそうにあるいは恥ずかしそうにして、黒はもじもじとした。
また可愛くて、白は微笑まずには居られなかった。
「意地悪だなぁ」
「でも大好き」
絶対の確信を持った白の眼に、黒は小さく頷いた。
おもむろに、黒の方から手を繋いだ。
「えへへ、あったかいや」
「そうね」
小さな指が絡み合う。白の方が、少しだけ手が大きかった。
黒と白は、姉妹でも友達でもなく、ただの「白」と「黒」であった。
幼い頃、といっても今がまさにその時期である。だから、今よりもっと幼い頃。その頃の記憶を、二人は全く持ち合わせていなかった。何も覚えていなかったのである。
言葉は話せた。文字も最低限は読める。挨拶だって出来るし、それなりなマナーもある。
ということは、二人とも誰かに育てられてのだろうが、二人はもとより誰もそれを知らなかった。
何故か。それは、二人が白と黒だからである。決して相容れない、そして最もお互いに犯し易い色。
物心がついた頃には、二人はいつの間にか、いつも一緒だった。
気が付いたら、知らない街に二人。知らない空に二人。知らない海に二人。
二人は、離れたことがない。しかし、交わったこともない。常に何か、決して見えず、越えられず、触れることすら叶わぬ壁に遮られて、二人はいつも一緒に触れ合っていた。
手が触れられない訳ではない。声を聞けない訳でもない。どちらかがそう望めば、無理矢理にでもお互いの聖域を、体を犯すことも決して難しくはないことだった。
だが、二人はそれを出来ずにいた。自覚はないのである。
白も黒も、お互いのことが好きで好きでたまらない。可愛くてたまらないのである。今にも抱きしめてしまいそうな、今にも口づけをしてしまいそうなほど、愛おしいのである。
だがしかし、理由も訳もなしに、二人はそれを出来ずにいた。
壁があるから。
もしかしたらそれは壁ではなく、硝子なのかも知れない。しかし、自分の姿は映らない。
二人は、よくじゃれあう。抱きしめたり、悪戯にキスをしたり。
そんな二人に、本当の意味で触れ合い、交わりあうことは出来なかった。二人がそれを望んだ訳ではないが、ただ、世界がそれを許さなかったのである。
いつも黒の眼に映る白は優しく、綺麗に笑っている。すこし悪戯に、である。
いつも白の眼に映る黒は可愛く、無邪気に笑っている。少し間抜に、である。
しかし、それはあくまで瞳に映りこんだ映像であり、もしかするとただの空虚なのかも知れない。
手を伸ばせば、そこにいつもあるのは、触れられる嘘。
ただ、一つだけ間違いのないことがある。
それは、二人がお互いを最も忌み嫌い、最も愛しく想っているということである。
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