少年が箱を怪しげに見ていると、ふと少女の細い手が動いた。
クス、と少女の口元が緩む。そして少女の、成長期の子供にしては細すぎる指が、箱の蓋の端へと掛かる。
平気そうな顔をして、少年の体からは冷汗が溢れだしていた。自らも知らない間に鼓動が速くなり、胸の皮を突き破るほどの勢いになる。
目が釘付けになり、箱から離れない。
少女の指先が、蓋をそっと開いた。
「じゃじゃ〜ん」
少女が緩い声と共に持ち上げたのは、一匹の兎だった。
少女が持つ耳の根元と両足は、ワイヤーできつく拘束してあった。可愛らしい小さな口にもワイヤーが何重にとなく巻かれてあり、兎はろくに声も出せない状態だった。
兎は力なくぴくぴくと動いている。蝋燭の灯りのおかげで、少年にもそれは分かった。
だが、完全に精力が衰えているのも同時にわかった。かろうじて見えている目には生は感じられず、たまに体をぴくりと揺らすだけで、そうでなければ死んでいるのと同じだった。
兎などに義理はない。しかし、少年の胸には恐怖と、少しの憤怒と軽蔑があった。
「…放してやれよ」
睨みつけるように少女を見、解放を促す。
しかし当の少女は目を細めて、まるで嘲るかのようにまた口元を緩めた。箱を落とし、兎を少年の目の前に突き付ける。
少年の目に、兎がはっきりと映る。近くでよく見ると、ワイヤーで締め付けられた部位が真っ赤になっているのが分かった。完全に生気は失われ、ただの肉塊のようにも思えた。
兎の眼に、少年が黒々と映る。その瞬間、少年に虫唾が走った。
まるで、「タスケテ」と言っているような兎の眼。
クスクスと笑い声が聞こえて少年が顔を上げると、少女が見下すようにして少年を見ていた。
「どうしたの? そんなに震えて」
「てめっ…」
言い返そうとした瞬間、ずい、と兎が目と鼻の先に突き出される。
生きている臭いではなく、死んだ匂い――腐敗臭がした。少年はその臭いに鼻を押さえた。が、違和感があった。
手が震えている。
まともに鼻を押さえられず、頭すらも無意識に震えていた。
少年は無意識に一歩後ずさった。それを見て、少女はまたクスと笑う。そして、兎の耳を掴んでいた手を開いた。
兎がどさと音を立てて、少女の足元へと落ちる。
「何か気付かない?」
言われて、少年は兎を見下ろした。痛々しくて見たくはないのに、目が離れない。
兎を見ていると、ふと違和感を覚えた。
よく見れば――尻尾がない。
それに、尻尾があったであろう場所は腐敗こそしていないものの、生々しい傷跡があり、周りの毛がどす黒く血で汚れていた。
まさか――
「お前こいつの尻尾を…」
「あー美味しかったなぁ昨日のスープ」
無表情に少女は言う。その台詞に、少年はまた虫唾が走った。
まさか生きている兎を拘束して、尻尾を切り落としたと言うのか。挙句にはスープなど――
少年が憤怒を込めて少女を睨みつける。しかし少女はひるむどころか、ますます楽しそうにクスクスと、嘲るように笑った。
「君にも見せたかったなぁ…これが壊れてくところ」
少女は蔑むように兎を見下す。
地に落ちた兎はもはや息も出来ないのか、気付かないほど微かに動くだけで、死んでいるように見えた。
「まあいいや。これから君に解体ショーをみせてあげるから」
「おいっ…」
少年が一歩踏み出した時には、すでに少女はナイフを握っていた。
少年の体が止まる。見開いた目の先で、少女が刃をなぞる様に舐めた。
既に元の銀色は失われどこかどす黒く染まった、少女の手にぴったりと納まるそのナイフ。
少年を舐めるように見、少女は刃先を兎へと向けた。そして、ゆっくりと体をかがませる。
刃の先と兎の距離は縮まり、わずか数センチ程度。
その先の事が余りにも容易に、そして絶対的に少年の頭に描かれる。
直後、気が付けば少年は少女の腕を掴んでいた。
「やめろ…これは玩具じゃない」
しかし少女はクスと笑う。
恐怖の所為で力が入っていなかったのか少年の腕を簡単に振り払うと、少女は刃先を少年に向けた。
「じゃあ君が代わりに壊れる?」
少年の目の前にどす黒い切っ先が突き付けられる。明らかに感じる殺意。
少年は兎を見て、膝をついた。
「クソッ…」
悔しげに俯いた少年を見下ろして、少女は声を上げて笑った。そうして切っ先を兎へ向ける。
少年が顔を上げた時には、既に兎の体は真赤になっていた。

「あっははははははははははは!!」
おかしそうに笑いながら少女は兎の体を切り刻んでいく。四肢がもがれ、耳が切られ、瞳が抉られる。
腹が割られ、内臓が血生臭さと不快な音を立てながら零れ落ちた。
その映像が目に焼きつき、音が耳にこびりつく。
少年は胸を押さえて吐き出していた。胃液が逆流し、悪臭と共に溢れ出る。
それもお構いなしに少女は解体を続ける。血がびたびたと音を立てて落ち、少女の手と服を染め上げた。
兎はやがて、ただの肉塊に成り果ててしまった。
手を血で真赤に染めて、少女は未だ笑う。





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