少女は何の罪悪感も感じていないようで、にっこりと笑っている。
少年がだるそうに溜息をつくのを見ると、少女は足もとに蝋燭を置いた。そうしてまた、少年の方を向いて微笑んだ。
「来てくれたんだね」
「万が一本当に手首切ったりされたら困るしな、いろいろと」
迷惑そうに、しかし何処か安心したように少年が言い放つと、少女は不思議そうに目を丸くした。そして、似合わないワンピースの袖をめくる。
「手首は切ったよ、ほら」
そう言って少女は少年に左の手首を見せつけた。足元からの明りで照らされたそこには、確かに生々しく、深く切ったような傷跡があった。よく見ると傷跡の周りには血の跡が残っているし、腕を伝ったのだろう血の跡も、肘のあたりまで残っていた。
それを見て少年は唖然とする。確かに昨日最後に少女を見た時にはこんな傷はなかった。メイクだとは思えないし、よく見れば彼女のワンピースや刃物を持っていたであろう右手にも血痕があった。
こんなに早く治るものなのか、いやそれよりも大丈夫なのか。
彼女は手品が得意である。だから一瞬のうちに物の場所を変えたり、数を増やしたり、何もない所から何かを出したりするのには見慣れているし、彼女ならやりかねないと分かっている。しかしこればかりは手品ではどうにもならないだろう。
少年が何も言えないままでいると、少女は袖を下して、どこから出したのだろうか小さな箱を持っていた。
「なんだそれ?」
どこから出したのかは分からないが、彼女の事だ。どこからでも何でも出してみせるだろう。
「箱だけど」
「違う。その箱の中身だ」
少年が気になったのはむしろ、箱の中身の方である。まあ、大方の予想はつくのだが。
少女はにっこりと笑ったまま表情を変えない。その所為で逆に真意が読み取れず、少年は少しの恐怖すら覚えた。
彼女は普通の人間の思考を持ち合わせていない。一種の――精神障害。
普通の人間なら、うさぎを見たら「好き」「可愛い」等か、「可愛くない」「嫌い」、あるいは「どうでもいい」、のような思考になるのが普通だろう。特に女性ならなおさら、可愛いというのが普通だろう。
しかし少女は違った。少女のうさぎを見た時の笑みは決して、可愛いからでも、好きだからでもない。
どうやって殺そうか? どうやって遊ぼうか?
そういう思考回路が彼女の中では回っている。彼女にとってうさぎや小鳥、果ては子猫に犬でさえも、ただの道具か玩具でしかない。彼女から見た生命は命ではなく、ただの勝手に動く物でしかなかった。
だから彼女は、命は死んでも生き返るなどという馬鹿げた事は一切考えていなかった。そもそも彼女の中には、彼女自身と少年しか、生命として映っていないのである。
少年が息を整えながら見た先で箱を抱えて、少女は未だ汚く、可愛らしく笑っていた。




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