―あぁ、暑い。








どこまで広がるのか、青い空。そして、果ての見えない砂浜。
暑い日差しに、爽やかな風が吹き抜ける。しかし、その風は生ぬるく二人の少女の髪を揺らした。
黒は、自分が携えたその黒とは正反対に真白な砂を、無邪気に走っていく。一方の、真っ白な砂に溶けてしまいそうなほどの白を携えた白は、ゆっくりと歩いてついていった。
白はその細い腕で空を仰いだ。日差しが辛い。
「白ちゃーんっ。見て見てーっ」
ふと見れば、向こうで黒が手を振っている。そんなに強く振っては、その細い腕では千切れてしまうのではないかと思うほどだ。何かを見つけたのだろうか。
白は黒の方へと歩いていく。黒はしゃがみこんで、何かを見つめていた。
白が辿り着くと、黒は目の前の物を指差した。
この白い砂の上、あるのかどうかも不安になるほどに真白な、小さな貝殻だった。
「あら綺麗」
と言う白の表情に温かみはない。しかし黒の顔は得意満面だった。
「白ちゃんみたいだね」
「あら。貝にはなりたくないわねぇ」
そう言って悪戯に微笑むと、黒はあははと苦笑した。それから、また貝を見つめだす。
時折被さっている砂を払ったり撫でたりしながら、しかし取ることはしなかった。
その様子を見て、白はどうにもじれったく、黒の横にしゃがみ込んだ。
「欲しいのなら取ればいいじゃない」
この暑さの中、氷とも思えるほどに冷たく、白は言った。冷たい手で貝を拾い上げ、黒の目の前に見せつける。
しかし黒は困ったような顔になった。
「でも…勝手に取っていいのかなぁ」
「ぷっ」
思わず白は吹いてしまう。
「な、何で笑うの」
「貴女らしいな、と思ってね。いいのよ、誰のものでもないんだから」
そう言って白が貝殻を差し出すと、黒は目を輝かせてそれを受け取った。
掲げて光にかざしたり、何故か匂いを嗅いでみたりしている。
ふと黒の手が止まり、白の方を向く。白は水平線を眺めていた。
「白ちゃん」
呼んで、黒は白の隣に立った。
振り向いた白に貝殻を差し出す。
「これ、あげる」
差し出されたそれを白は、まるで心外だという表情で見つめた。
「いいの?」
「うんっ」
黒が余りにも綺麗に笑うので、白は貝殻を受け取った。
溶けあってしまいそうに白い手と貝。
「ありがとうね」
白は貝殻を見てから、黒に向かって微笑んで見せた。すると黒は恥ずかしそうにして、すぐに顔を赤らめながら嬉しそうに笑った。
白はまた水平線を見る。何の穢れもない砂浜。海。空。風。
あと、貝。
「…さて、どうしようかしら」
白は手の中に貝殻を仕舞い、辺りを見回した。
何もなく、ただただ砂浜と海と空が広がっているだけである。
小さな波が砂浜を少し飲みこんだ。二人の足が少しだけ濡れる。
と、黒が嬉しそうにはしゃいだ。
「冷たくてきもちいいね」
ぱしゃぱしゃと足を動かし、水を跳ねる。携えた黒とは正反対に希薄な肌の色では、水に溶けてしまったようにも見えた。
そんな黒を、白は微笑んで見ていた。
真黒な少女はどこまでも純粋に、無垢だった。自分とは大違いで。
大きな瞳で世界を見つめては、その小さな体で歩いていく。たまに見せる泣き顔や、からかった時の膨らんだ頬。ぼーっと遠くを眺めている目や、うとうとと眠たそうな顔。それらの全てが、白を惹きつけてやまなかった。彼女がいろんな表情を見せるたびに、白はつい微笑んでしまう。
手を広げて、屈託ない笑顔で歩いていく様は、まるで――

「天使みたい」
くす、と口に手を当てて、白は笑む。
黒には聞こえていなかったらしく、にこにこと白を見るばかりだ。そんなに綺麗に笑われたら、少しぐらい汚してみたくなる。
無表情な笑みを浮かべたまま、白は黒の前に立った。黒は不思議そうに白を見る。
白は微笑んで、黒の手を取った。
そして、その手の甲にそっと口付ける。
数秒間だった。白がその冷たい唇を離すと、そこには真っ赤になった黒がいた。
本当に可愛らしい子だ。
「ふふ、美味しい」
なんて言ってみると、余計に赤くなる黒。
「お、おいしくなんっ…ないよっ」
ワンピースの裾を握って、あたふたとする。白は呆れるように、愛おしむように微笑んだ。
そうしてまた、水平線を見る。
あの線の向こうには何があるんだろう。いや、きっと何もないだろう。振り返ってみても、そこから先はずっと白い砂浜が続いているだけだった。
あっちへ歩いてみようか。そう思いもしたが、きっと何もないだろう。そんな諦めが出た。
さらさらとした白い砂。それを踏みにじるように嘲るように、白は砂を踏んだ。
「……」
何か言おうとしたのだが、言葉が出なかった。ただただ砂から無表情な温度が伝わる。
白の所為だ。甘いのは彼女の肌だけ。彼女の体だけ。全部この白が悪いんだ。
白は一つ溜息をついて、力なく砂の上へ座り込んだ。
もっと黒が見たいのに。もっと黒を感じたいのに。もっと黒に犯されたいのに。もっと黒と溶け合いたいのに。もっと黒を、抱きしめたいのに。
全部この白が悪いんだ。
「白ちゃん?」
黒がしゃがみこんで、心配そうに白の顔を覗き込む。その顔はどことなく寂しそうだった。
白は黒の瞳を見る。唯一、自分が持っている彼女と同じ物。
だから憎いのだ。黒い瞳には、黒は映らない。
こんなもの、無くなってしまえばいいのに。真っ赤になってしまえばいいのに。
「…」
片目だけでも抉り取ってやろうかと思ったが、止めておいた。黒がいるからだ。
黒を殺してしまえば済むのだが……殺してしまおうか。
未だ心配そうに白の様子を見る黒。その無防備な首元へと、白の手が動く。
「白…ちゃん?」
黒は、恐怖、というよりもどちらかといえば不思議といった表情になった。思ったより大丈夫そうな白を見てほっとしたのか、黒はその手に自分の手を重ねて、にっこりと笑って見せた。
白は黒の首に触れたまま、黒から伝わる熱に怯えていた。
どうしてここまで信じていられるんだろう。




 次へ