呑気に黒は歩く。
白が居ないと寂しい。どうしてかは分からないけれど、落ち着かなかった。
自分がここには居ない気がしてきて、煉瓦の影の中に入ればそこは、果ての見えない闇の中。
黒は出来るだけ影に入らないようにして、白を捜していた。
「んー、どこだろう」
夕日の赤と影の黒しか色がないのだから、白が居ればすぐに見つけられるはず。そう思って黒は走って回って探し続けているのだが、まだ白は見つからなかった。
見れば、夕日の丸の半分が既に煉瓦に埋もれていた。そういえば空が暗くなってきた気がする。
「夜になる前に見つけなくちゃ」
根拠はないがそう思い、黒はまた走りだした。
さっきまで走っていたので足が痛い。…痛いので、やっぱり黒は走るのをやめた。
曲がり角を見つけるたびにあっちへこっちへ曲がる。そして見える限りの景色を見渡しながら、ただ白を捜す。だが、あるのは煉瓦だけだった。
「白ちゃん…」
少し寂しくなって、疲れた足を止める。
振り返ると、そこにはその半分以上が煉瓦に呑み込まれた夕日があった。眩しく、どこか楽しそうに沈んでいくそれに黒は、少しばかり白の面影を見た。
どこにも見つからない白。たった一つの螺子。
それがなければ自分は崩れてしまう。それがあれば自分は出来あがってしまう。
彼女は、今何処に転がっているのだろう。
「白ちゃーんっ」
どこか遠くへと声を乗せる。しかし、返事は返ってこない。
会いたい。白が見たい。白に触れたい。何処に行けば白がある?
黒は再び足を動かした。息を切らしながら、それでも止まらずに走る。足の裏が傷ついたのだろうか、一歩進むたびに足が痛んだ。しかし黒は走る。
そうして走り続けて、何度目かの曲がり角の先に、小さな何かを見つけた。
煉瓦と影だけの世界に突然現れたそれ。どうしてか、少しだけ寒気がした。
黒は引き寄せられるようにそれに向かって歩いていく。
辿り着いて見てみれば、それはただの紙ごみだった。
この煉瓦と影だけの場所で、独りぼっちのそれ。まるで自分と同じような気がして、黒は哀れむような目で紙ごみを見下ろした。
くしゃくしゃに丸められて、転がっているそれを、黒はその小さな手で紙ごみを拾い上げ、おもむろに開いていった。
開いた紙には、矢印がいくつか、並べて書いてあった。
「やじるし? ……あ、そうか」
意味を理解して、黒は瞳に笑みを浮かべた。矢印と言うことは、きっとこの順番に進んでいけば何かあるのかもしれない。もしそこに白が居たなら最高だ。
黒は両手でしっかりと紙を持ち、路地を真直ぐ進んでいく。その間曲がり角があればそのまま進み、二つ以上に別れている道があれば、紙に書いてある通りに進んだ。
「えーっと、次は…みぎっ」
残る矢印はまだ少しある。しかし、この先に何かあるのだと思うと気にならなかった。
歩いていると、足の痛みが強く感じられた。次の交差点を曲がったところで立ち止まり見てみると、足の裏は傷だらけになっていた。傷を見て余計に痛みが増す。
歩いてきた煉瓦を見てみれば、ところどころ赤い色があった。そして今自分の足元にも、汚い赤がある。
汚い。醜い。黒はそう思った。そして、痛いと。
脳裏に白が浮かんだ。自分が怪我をしたり辛かったりした時、白はいつでも悪戯な微笑みで、優しく頭を撫でてくれた。そうすると、痛みは和らいでいって、何故か傷も癒えていくようだった。
白が居ないだけで、こんなに痛いなんて。こんなに汚いなんて、思わなかった。
そうだ。こんなに汚いものは、あとで白ちゃんに取ってもらおう。こんなものが体についてたら、白ちゃんに嫌われちゃう。だって白ちゃん、綺麗好きだもん。
痛くない。そう言い聞かせて、黒はまた歩き出した。
ただ、赤と黒の煉瓦の道を。





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