白はゆっくりと、しかし一定の速度で路地を歩いていた。
その間白は影をなるべく避け、夕日の届く道を選んで歩くようにしていた。黒の中では自分は独りだ。それはとても寂しいことで、大人びているとはいえまだ幼い少女には辛いことだった。
真赤な日が髪を照らす。まるで絵の具で描いたかのように鮮やかに綺麗に、白の長い髪は赤く彩られた。
そんな色に嫌気をさしながら、白は髪を梳いた。
「……」
この前は真白だった。見渡す限りの白銀に囚われ、溶けてしまいそうだった。でも、そこには黒が居てくれた。黒が、最も愛し最も憎むそれがあったから、私は少しだけ落ち着いていられた。
黒が居れば、私は自分を否定出来る。同時に、自分を肯定も出来る。彼女が居れば私は、白で居られる。
でも今は彼女が居ない。今までは眠って目が覚めたらいつも隣に居たけれど、今は居ない。
どうして? もしかして、私が意地悪ばかりするから嫌いになってしまったのかもしれない。でもそうだとしても、私はこんなに好きなのに。
いや、嫌っているのはあり得ない。だって、砂浜で私が殺そうとした時も、黒は笑顔で大好きだと言ってくれた。私が絞めた所為で痛み、かすれた声で。
だとしたらどうして? どうして彼女は隣に居ないのだろう。
「黒っ…」
苛立ちが体を震わせた。爪が、指に食い込む。
何故黒が居ない。黒は私のものなのに。黒にとっても、白は必要なはずだ。
私が黒を必要としている。私には黒が要る。私は黒を愛している。黒がないとどうにかなってしまう。
震えた腕は、いつの間にか煉瓦の影へと進んでいた。赫い目には黒が映る。
「…ふふっ」
腕の震えはすぐにおさまり、白は自分を嘲笑った。
馬鹿馬鹿しい。今日の自分は本当にどうかしている。
今自分の腕を飲みこんでいるこの影だって、闇のように黒いのに。何故私は彼女に固執している?
私が本当に欲しいのは白じゃないか。こんな赤と黒だけの路地で、白は独りぼっちだから。
本当にこの目が憎い。髪も肌も服もすべて白いのに、瞳だけは自分が大嫌いな色。
今なら黒も居ないし、抉り取ってしまおうか。捨てておけば、目印ぐらいにはなるだろう。
白はその細い指を自分の左目へと当てた。力を入れると、鈍い痛みがした。
痛い、痛い。でも今は、その痛みが欲しい気がした。
力を入れる。まぁるいものを、細い指先が掴んだ。
「ー…っ」
激痛が頭を襲った。映像が半分真赤になり、やがて真暗になる。
右手の中には小さなまるがあった。白い指は他の色と笑っている。
白は手の中の眼球を落とした。少し跳ねて、足元で止まった。
「……」
汚い。白はそう思った。
こんなに汚い物が自分の中にあったなんて。捨てて正解だった。
白は足を進めた。転げた眼球が自分を見ているような気がして、怖くて耐えられなかった。
未だ頭には痛みが残り、赤い血が溢れ出しては、頬を、肌を、服を染めていった。
白は震える手で耳をふさいだ。
「ごめんなさい……ごめんなさい…っ」
涙ぐんだ瞳を閉じ、白は走り出した。
目が追いかけてくる。捨てないでと、拾ってくれと、白を赤く映す。
白は在りもしない幻像に、怯え震えていた。
「くろちゃんっ…」
脳裏に、笑顔が浮かぶ。
幼いその少女は、白を捕まえて抱きしめる。
しゃがみこんで頭を抱え、白はいつの間にか涙を流していた。その背後に、在りもしない眼球の幻像を抱きながら。
「くろ…ぉ…」
震えが止まらない。黒が愛しくてしょうがない。
こんな煉瓦の影なんかじゃない。自分を、白を否定し、肯定してくれる黒だけが、私の愛する黒。
彼女が笑う。銀世界の真中で、青い空の下で、灰色の雲の中で。そうして、その小さな腕の中にこんな私を抱きしめてくれる。
幻像は、白を捕らえようとするその手前で消えた。
涙と血で濡れた頬に、少しだけ笑みが戻る。
「くろちゃん…」
笑顔を思い出せば、彼女が隣に居るような気がした。
白は膝を抱えて、煉瓦の影の中にうずくまった。
会いたい。会いたいよ、黒ちゃん。
白は想いを馳せながらまた、在りもしない幻像を愛した。




 次へ