「おーい白ちゃーんっ」
とりあえず叫んでみるが、返事は返ってこない。
影に溶け込むように、一人の少女が居る。その肌だけは真白で、髪も瞳も纏う服も、その全てが真黒だった。夕日に血染められ、その闇は深さを増していた。
そんな容姿とは裏腹に、少女はとても幼い顔つきで、背もさほど高くなかった。だからだろうか、ひとたび煉瓦の影に入ってしまえば、彼女はもうどこからも居なくなっていた。
「しーろーちゃーんっ」
もう一度叫ぶ。しかし、いくら声を張り上げても、想い人からの返事はない。
足が痛むのも気にせず、煉瓦の上をてとてとと走っては建造物の裏を覗き、また角を曲がっては見える限りを見回す。さっきから何度もそうしているのに、一向に真白は見つからなかった。
「どこ行ったのかなぁ…」
少し口を尖らせて、少女は夕日を見やった。その大きな赤い丸の一番下が、煉瓦の道に触れている。眩しくなってすぐに目を逸らす。
風も音も色もない。ただ夕日と影と煉瓦と、あとは自分。
「白ちゃん…」
こんな時、隣にはいつも握られる手があった。いつでも触れられる肌があった。それは震えるほどに冷たいけれど、触れている間は何が起きても大丈夫なような気がした。
しかし、今隣に白は居ない。今までいつも一緒に居た白がない。気が付いたらこの煉瓦の海に居て、独りで白を捜し始めていた。
辺りはずっと、赤か黒か。自分の黒が、吸い込まれそうに、呑み込まれそうになる。いつでも自分を否定してくれた、いつでも自分を嫌ってくれた白がない。
右も左も肯定ばかり。黒の手は、神さえもが知らないうちに震えていた。
無意識に伸ばした手は、ただ映像の中の煉瓦を掴む。
「白ちゃん…」
声はただ、震えて怯えて、どこか楽しそうだった。
黒は震える体を無理矢理に動かした。煉瓦を踏むたび足が痛むが、そのぐらいが丁度いいかもしれない。
立ち止まってしまえば、本当に消えてしまいそうだった。頭の中に、ただ白を描く。
黒は耐えきれず走り出した。白を求める。黒を嫌う。
自分が大嫌いな白を見つけに、黒は煉瓦の海へ駆けだした。





 次へ