―可笑しいな。君を思い出すと痛いんだ。










夕日が赤く燃えている。
それに照らされて、煉瓦もまた血のように赤く、影は闇よりも深く黒になっていた。
無数の煉瓦が規則的に組み立てられ、幾つもの建造物を作り上げている。それらはどこか寂しげに、そしてほんの少し優しく感じられた。
どっちを見ても煉瓦の家。ここはそう、まるで中世のロンドンを思わせるような景色だった。
しかし、二人はロンドンなど知っているはずもなく、無数の煉瓦の死骸にただただ興味の目を向けているだけだった。

一歩進むたびに、裸の足は少し痛む。
辺りの赤と黒を嘲るかのように真白な少女。煉瓦の影から抜け出すように出てきて、少女は路地の向こうで燃える夕陽を見やった。
そうして、どこか哀れむように溜息をついた。
「…黒ちゃんはどこかしらね」
呟いて、独りで何を言ってもそれは体力の浪費にしかならないことを悟る。つまり無駄。
見上げた夕日に今度は背を向けるようにして、真白な少女は歩き出した。ただでさえ冷たいその肌は、だんだんと冷たくなっていく空気に溶け込んでいくように思えた。
歩くたびに足が痛む。煉瓦とは厄介なものだなと、白はまた溜息をついた。白は自分の真白な肌を大切に思っている。だからこのまま歩き続けて足が汚れたり傷ついたりするかと思うと、煉瓦に対して憎悪の念さえ覚えるほどだった。
しかし、煉瓦を憎んだところでどうにもならないのは分かり切っているので、どうしたものか。
…今日の自分は少しおかしいのかもしれない。
「黒…」
今まで一緒にいた黒は、今は隣に居ない。
今までなんて小さくない。気が付いた時から、存在が出来た時から、生まれた時から黒とは一緒に居る。
そんな、自分の体とも言えるほどに当り前にあったものが、今はない。どうしてなのか、気が付いたらこの煉瓦の海の中に居て、自分は独りだった。
今まではこんな気持はなかった。大嫌いな黒が、大好きな黒が、欲しくて堪らない。
「……」
やっぱり今日の自分はおかしいのかもしれない。いや、おかしいだろう。
黒がこんなに愛しいだなんて。黒ちゃんが知ったらどう思うかな。笑うだろうか。どうせなら嫌って欲しいのになぁ…。
なんて思って、次の瞬間には即行で否定する自分が居るのだから、やはりおかしい。
白はその真赤な瞳を、どこか遠くへと向けた。
そして、また一歩歩き出した。





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