「こんにちは」
隣には黒が立っている。
白が状況を理解できたのは、黒の言葉が虚空に溶けて少し経ってからだった。
階段が切れている。次の段は無く、苦し紛れの踊り場のような、二メートル四方ほどの立場があった。
そこにも柵はあるのだが、やはり内側にだけ無い。どうぞ飛び降りて下さいと言わんばかりだ。
白と黒の四角が交互に重なったその踊り場に、黒が一歩を踏み出す。上を見上げると、距離の掴めない真白な空が広がっていた。
何所まで続いているんだろう。
嫌になったんだ。現状維持が。
それは考えてみればそうだ。ただ上を目指してぐるぐる廻って上に伸びるだけなんて、螺旋階段としても退屈で仕方がないんだろう。だからもう、踊り場を残してここで仕事を辞めてしまったんだろう。
でもよくやった。こんなに高い所まで、ぐーるぐるだ。
「どうしましょうね」
踊り場に上りながら白が呟く。
降りるにしても時間が掛かるし、降りたとしてもどうしようもない。かといってここで何か出来るとも思えない。上を見上げても、鳥の一羽すら飛んでいない。
行き当たりだった。
白は今頃になってまた痛み始めた首の指跡を押さえた。
「きれいなものにはね、ついついひかれちゃうの」
また支離滅裂な……。
と心の何処かで突っ込んで、白は可笑しそうに微笑んだ。人のことを言える立場ではない。
「空とか海とかね」
白の言葉に、黒はそうそうと頷く。
「あとはねー…そう」
小さく駆け出して何をするのかと思えば、黒の爪先は踊り場の柵の無い内側の端に掛かっていた。
あと一歩でも前へ出れば、真っ逆さま。
呆れて肩を落とす白を尻目に、黒は危なっかしく片足立ちをし、右足をぶらぶらさせる。
「落ちるわよ?」
「それもいいの」
支離滅裂というか、なんというか。脳の機能がちゃんと働いているのだろうか?
黒は右手を上へと掲げて、真っ直ぐに下す。落ちるということを示したいのだろうか。
「落ちるのって楽しいよ」
白はまた溜息。
「痛くなければね」
「痛くてもいいよ?」
「どうして?」
白が不思議そうに首を傾げるのを見て、黒は下を見やった。
「どうせすぐ死んじゃうから」




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