もうそろそろ終わるだろう。
自分のことは自分が一番知っている。そんな感覚で、黒はそろそろ螺旋階段の天辺が来るのを確信していた。
一番上まで上がっても、きっと何も無い。
何故階段を上がり続けているのか不安になり始めた。それでも足は無意識に上を目指す。
しかしこの階段は不親切だと思う。何故かというと、階段の外側にはきちんと白黒のまだら模様の柵があり手すりとなっているのに、内側には何も無いのである。穴のようになっている内側へと一歩でも踏み出せば、螺旋階段の中心空間を落ちていくことになる。
「くるしまぎれだよね」
鼻歌を歌いながら、黒は自分の左手首を眺めた。
左手の切り傷ばかり増えていくのは、右利きとしては当然かもしれないが。右腕にも生々しい傷跡がある時はある。
黒が自嘲するような目で振り向くと、白はぼーっと外を眺めていた。
「白ちゃん?」
白い毛の猫がいた。
でも黄色くて大きな車に潰されて、真赤になってしまった。
黒い毛の猫がいた。白い猫が潰れた姿を見て、泣く様な笑い声をだした。
さよならとありがとうすら言えなかった自分が、好きになっていくのを感じた。
「しろちゃん」
「あ、ええ。何かしら」
慌てて顔を上げると、さっき自分の首を絞めた黒とは別人のような、優しい表情の黒がいた。
心配そうに目を細めた顔が、白の真赤な瞳に映る。
大丈夫? とか、心配されているような言葉を聞くのはもう飽きている。白は黒が第二声を発する前に言った。
「何でもないわ。ちょっと考え事をしてただけ」
「よかった」
ほっと息をついて、胸を押さえる黒。子を見守る母のようなその表情が眩しくて、白は照れ隠しながらそっぽを向く。
黒はまた階段を上がり始めた。黒の小さな足が、音も出ない鍵盤を踏む。
支離滅裂な思想の中で、白はぼーっとしていた。大して何も考えていないはずなのに、頭の中を沢山の言葉と音楽と映像が交錯する。
花が咲いているのに、世話をする者がいない。飛び込んだ火の中で、ゲラゲラ笑いながらどす黒く焦げて死んでいく虫。真赤な海が広がっていて、それを綺麗だと眺めながら紅茶をたしなむお姫様とそのメイド。相手のいない電話で、三日も寝ずに話し続けて、目を瞑った人。
ふと、目の前が真白になる。




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