―先が見えずとも、後ろが無くとも。僕らの指は鍵盤を楽しげに弾くのさ。










「わー…おっきいねぇ」
気の抜けた声と共に、黒が息を漏らした。
声は反響もせずに溶けるように消えていく。無意識に違和感を感じた。
真黒な少女が見上げる前には、黒と白の段が延々と回り伸びる、螺旋階段。
何も無い真白な空間の中、ピアノの鍵盤を何重にも捻ったようなその階段だけが、まるで塔のように聳え建っていた。
纏うワンピースも携える瞳も髪も真黒な黒が、楽しそうに螺旋階段の一段目に足を掛ける。一段目は、白い段差。黒の真白な足の肌の色が、溶け込んだ。
足首の上までを覆う長いワンピースを揺らしながら、黒は楽しそうに階段を上がっていく。
それを見て呆れたように一つ息を吐いて、白も後をついて階段を上がる。


上を見上げれば、ただただ真白で無音な空間に、ピアノの鍵盤のような螺旋階段が続いている。
下を見下ろせば、一番下の段は点のように小さく見えた。
もう随分と上まで上がってきたのだが、その間は裸足が鍵盤を踏む音がぺたぺたと鳴っていただけで、会話らしい会話は一つもなかった。
普段は忙しなく動き回ったり楽しそうにお喋りをする黒が、今は淡々と階段を先へと往き続けている。
黒の後ろにつく白の位置からでは、表情が読み取れない。
階段を一歩進む度に、白の真白なワンピースが揺れる。雪のような儚い白を携えた髪が、その揺れに連動する。赫い瞳は、細い指が触れている黒白の手すりの向こう側を捉える。目に見えるのはただ真白な虚空で、耳には二人分の足音が届いている。
黒は、未だ黙々と螺旋階段を往く。

「どこまで続くのかしら」
白が退屈そうに呟く。
先に折れるのは癪だったが、いつものような黒との会話がこれほど長く交わされないとなると、少し寂しかった。
言葉が溶けてから数段、ふと足音が消えた。黒が足を止めて振り向く。
黒の大きく真黒な瞳に、少女の形をした雪が映った。
「どこまで続くと思う?」
いつも通りの黒の、あどけない声。
小さな唇は、笑っていなかった。
白は予想外の黒の表情に少し驚きつつ、再び虚空を見つめる。
「どこまで続くのかしらね」
敢えて答えないでおく。自分から話を振っておいて少し意地が悪い気もしたが、本音を言えば答えが直ぐには出なかった。ただ、見上げれば螺旋階段はずっと続いている。いつか途切れるにしても、まだしばらくは終わりそうにない。




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