―君の歌った祈りが、届きますように。









僕は、知らない間にこの星をある程度把握していた。
小さな地球に比べても、もっと小さい星。
この星は殆どが砂だ。例えて言うなら、涼しくて居心地の良いサハラ砂漠、と言ったところ。
そして、空のどこを見ても真っ白、ではなく。表現のしようがない感じだ。
白と透明の間。そんな感じ。
そして、気が付いたら僕は、この星に―居た。


頬に触れる感触。半袖の服から露出された腕、それに脚にもその感触。
砂が、少年の周り―いや、この星の殆どを覆っていた。地球のそれとは正反対だ。
「ん…」
砂を掃って、後ろ頭を掻きながら少年は立ち上がった。服に付いた砂も同時に落とす。
周りを見渡して、空を仰ぐ。今まで見てきたモノとは違う、白とも何とも言い難い空。
「さて、と。どうしようかなぁ…」
さも当たり前のように呟く。暇を持て余した子供と何ら変わりは無かった。
適当に少年は歩き出した。
花も、雲も、音もないこの世界を。


まるで、夢。
この不可思議な世界が当たり前であるように、何の不審も思わずに少年は歩く。
もしこれが、今まで住んでいた町だったらどうだろう。
学校、病院、駅、スーパー、カフェ、公園、ゲームセンター…他にも沢山。
それらが、知らぬ間に砂だけの世界になっていたら。

学校の生徒が整備した花壇、その中の花が。
沢山の命が出ては入る、入っては出る、その命が。
会社員や学生が入り乱れ、行ったり来たりの電車が。
買われ、使われ、食べられ、捨てられ、その商品が。
恋人や友達、疲れた体に流れ込む息抜きの珈琲が。
花壇を整備した生徒が、学校帰りにサッカーをする、そのボールが。
音に映像に声に機械、コインで動くその筐体が。

この不可思議な世界が当たり前であるように、何の不審も思わずに少年は歩く。
楽しげに、無表情に、笑顔で。
そう、これは、夢のお話。
かもしれない。


本当にこの星は小さい。小さすぎる、と言っていい。
何故なら、この数分間で、少年はもうこの星の四分の一を歩いているからだ。
地球の島一つを全て歩くのより、遥かに簡単なことなのだ。
この星ならば、きっと、新しい街を適当に目印を付けながら歩く、そんな感じで歩いているだけで簡単に星を一周できるだろう。それぐらい小さい。

だから少年は、もうすぐ辿り着く。
彼女の祈りに。小さな小さな水溜りに。



気ままに歩いて数分。この世界に「分」などと言う単位があるかどうかは別として。
少年の行く手に、何かが見えた。
「アレ…家?」
少年に見えた、家らしきもの。少し近づくと、やっぱり家だと判った。
ただ、今の少年が持っている20世紀的な家の概念ではなく、その家は例えるならば、昔の家の縦穴式住居、といった感じだった。それでもやはり違う。
四つの脚に四角い箱、それに三角形の屋根と四つ割の窓ガラス。
あとは煙突と玄関のドア、ドアへの階段。それだけの無機質な家だった。

それよりも気になるのは、その先のもの。
あれは…何をしているのだろう。綺麗な瑠璃色の髪の女の子が、何かの前に立っていた。
その髪の色に吸い寄せられるように、少年は女の子に駆け寄る。

そこで見えたのが、サッカーボールが一個ちょうど入るくらいの、小さな。
とても小さな、水溜り。


「あら、お客様ですか?珍しいですね」
唐突に女の子が言う。振り向いたその笑顔は、例えようもなく可愛らしかった。
透けてしまいそうに綺麗な肌。小さなおちょこ口。くりくりの瞳。
少年は思わず顔を赤らめてしまった。
「ごめんなさい、何も無くて」
「いや、こっちこそいきなりごめん。何、してたの?」
恥ずかしくなって、目を逸らす意味も含めて水溜りを見る。
とても綺麗な水が、揺れもせずにただ蒼く在った。

「祈っていたんです。かみさまに」


ちょっとだけ、風が吹いた気がした。
「かみさま?これが?」
水溜りと女の子を交互に見つつ、やっぱり水溜りを指さして言う。
この水溜りがかみさまだとは到底思えない。
少年が不思議そうに水溜りを見ていると、くす、と微笑んで女の子が言った。
「これは水溜りですよ。この砂だけの世界で、私と同じように唯一の存在です」
急に声が大人びる女の子。顔は微笑んだままだ。
「唯一…ってことは、ここには水溜りも君も、一つしかなくて、一人しか居ないんだね」
「そうですね。ずっと一人でした」
少し悲しげな顔になって。少年はあたふたした。
結局、すぐに少年は馬鹿みたいに明るい笑顔を作った。
「うん、今まで一人だったけど、今は僕が居るよ」
すぐに顔を薔薇みたいに真っ赤にしてしまった。言った後に恥ずかしくなる。
でも、女の子は笑ってくれた。おかしそうに、頬を染めて。



「…変な夢見たんだけど」
「どんな?」
「なんか、砂だけの世界でさ。適当に歩いてたら、女の子がいて」
「うんうん」
「その子に惚れちゃって」
「うわぁ。可愛かったんだ」
「確か綺麗な瑠璃色だったけどね、髪が。で、いろいろ話して」
「うん」
「その子が、一緒に魚を食べよう、って」
「へぇ、美味しかった?」
「いや、そこから先は視てない…っていうか忘れた」
「えーっいいとこだったのになぁ…」
「んーまあ…気持ちの良い夢じゃ無かったけどねぇ」

なんというか、寂しかった。





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