君には見えたかい。小さな小さな、星の瞬きが。







金魚はすくわれたのだが、すぐに落ちた。

水がぽちゃんと音をたてて金魚を受け入れる。同時に金魚は弾けたように泳ぎ、少年はそれを見失った。
しかし、少年が落胆しているのは金魚を落としたからではない。その金魚をすくう為の道具がもう壊れてしまったことと、その道具を買うのにお金を大分使ってしまったことに落胆しているのである。
遠くで、間近で見ているかのように錯覚するほど大きな花が空に輝いた。轟音が地を這い空を翔け、少年の鼓膜も、金魚が泳ぐ水面も揺らした。
花火と呼ばれるそれは人々の心を魅了し、儚くも散っていった。
代わりなどいくらでもあるのだから、もしかすればそれを哀れんで、儚く見えるのかも知れない。
金魚は屈折した光を見た。ただ、屈折はしていたもののとても綺麗であることは確かだ。これが花火というものか、と金魚はしみじみと思い、次を楽しみに待った。


ぽこぽこと音をたてて酸素が排出される。その機械の周りをうろうろと泳ぎながら、金魚はしばし物思いにふけった。無論、花火の影響で感傷的な気持ちになったのだ。
金魚は賢かった。人間が同じような外見のものを見分けるのに苦労することを知っていた。だから特に恐れもせずに、同じ水中を漂う仲間たちに罪悪感を感じながらも物思いにふけられるのである。
金魚はちょうど哲学的な言葉が頭をよぎった時、ふと顔を上げた。
まだ、先ほどの少年が居るようである。少なくともこちらを狙っているわけではないようだ。
「少年よ、その娯楽は楽しいのかい」
金魚はそう、呟いた。無論少年に聞こえるはずも理解出来るはずもなく、ただ酸素の泡となって浮いた。
不幸にも少年に狙われた一匹の仲間が、一度水中から放り出された。金魚はいつの間にか物思いするのを忘れ、仲間と少年の駆け引きを見ていた。つと、仲間が水中に戻ってくる。
「残念であったな」
金魚は二つの意味を込めてそう言った。今戻ってきた金魚は慌てふためき、必死にどこかへと泳いで行った。
ああ、先ほどは自分があ奴と同じ立場にいたのかと思い、金魚はさっきの自分を客観で見てみた。するとどうしてか急に恥ずかしくなり、同時におかしくもなった。

さて、次はだれが狙われるのかと思って仲間たちと水面とを交互に見やる。
ちょうど黒い出目金に目が行ったとき、再び轟音が水面を揺らした。金魚は急な振動に驚きながらも、すぐさまに水面を見上げた。
また綺麗な花が咲いている。大きく円を描き、日の光りほどに明るく輝いたそれは、またすぐに光の粒を残して消えていった。
仲間たちもどうやら見とれているようである。それはそうだ、あれほど綺麗な光景は滅多に見られるものではない。ましてや今日で終わるかも知れぬ命である。最期の時間を、この狭い空間でただ窮屈さと恐怖感だけ感じて終わらせるのは悔いても悔やみきれない。

金魚にはなぜ自分がここに居るのか分からない。ただ気づいたらこの場所に仲間たちと共に放り込まれ、同じ景色の中を同じ流れで泳ぐだけである。
しかし分かっている。ここに居る理由など、考えるだけ下らないということを。
大方この少年の親と同じぐらいの年の人間がこの祭りで金を稼ぐために連れてきただけだろう。用が無くなれば捨てるか、あるいは知り合いに分けて譲るかだろう。
まったく、金魚たちから見ればいい迷惑この上ないのである。しかし金魚は楽しんでいた。
これは諦めである。どうせ金稼ぎのために連れてこられ、用が済めば捨てられる運命にあるのなら、思い切って楽しめばいい。どうせ死ぬのだ、なら今を楽しまねば。
先を考えろという人間もいるらしい。それも大切である。だが、先ばかり考えるのもよくはないと思う。
金魚はくるりと翻った。
「ああ、私はこんなにも綺麗なのだから、人間よ、どうかすくってはくれないか」
そう希うのだが、少年はいつの間にかどこかへ行ってしまっていた。
もしかしたら、心のどこかですくってもらうことを期待していたのかもしれない。そうなったところでどうにもならないのだが、少なくともここで死ぬのは避けられる。
また、空には花が咲いていた。
「花よ、枯れないでおくれ」
金魚の願いは誰にも届かず、花はまた散った。
残ったのはただ、物寂しい感じだけである。






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