ライブ会場には、誰も居ない。
観客は一人も居ないし、スタッフも一人も居ない。
ただ照明が上から一つと、マイクスタンドが一つ。それとアンプが二つだけ。
無人の空間に、真黒と真白な二人の少女と、少し暑い空気があった。
真黒な少女は一つ息をついて呼吸を落ち着かせると、マイクを手に持った。
そうして、言う。
「えーっと…その…」
恥ずかしいのか、言い淀んでしまう黒。そんな黒を見て、白はまた微笑んだ。
黒はもじもじしながらも、ぐっと手を握った。
「この歌は…みんなにきいてもらうための歌じゃないです」
その言葉に、白はふと気付いた。
もしかすると今の私と黒は、限りなく近いけれど果てしなく遠い、繋がれた二つの場所に同時に居るのではないか、と。
黒は今Aと言う場所で、観客を相手にライブを始めようとしている。
私は今Bと言う場所で、たった一人でベースを持ち、ステージに立っている。
私の目から見ているから、私には黒しか映っていない…ということなのだろうか。
でもそうだとすると、黒の方からは私は見えないのだろうか。いや、もし黒の方からも私が見えてしまえばそれは別の世界ではなくなるから、これでいいのか。
ともかくよく分からないまま、白の思考は終わる。そう、今はそんな事はどうでもいい。
「この歌は、私のだいすきな一人の女の子のための歌です」
黒が目の前に居る。それが現実だ。
「その子はまっしろで、とってもきれいで、やさしい子です」
ベースを肩に提げている。これが現実なんだ。
「えと…じゃあ、歌います」
黒はマイクをスタンドに戻し、ギターを構えた。白もベースに指を当てる。
音が、響いた。




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