―がたんごとん。がたんごとん。







腐った桃は、食べちゃいけない。
少女はそれを解りきっているのだけれど、未だに手を出してしまう。真意は人各々あると思うので特け気にしなくていいが、少なくとも少女はやっぱり手を出してしまうのである。
例えば目の前に麻薬があれば少女は手を出してしまう。例えば目の前に花があれば、少女はつい香りを楽しんでしまう。
兎に角、腐った桃は食べてはいけないのだ。
たった一人の少女の、それは最期の願いだから。



がたんごとん。
遠鳴りに電車の音が聞こえる。
いつも通りの河原を歩く二人。見れば、鉄橋の上を電車が走り抜けていた。
何を言うつもりもない。ただ、少しもの寂しい感じはあった。
白髪の少女はまだ黎明も迎えない空を仰ぐ。冷たい風が心地よく、首筋に抜けていく。空気は澄んでいて、汚れた世界の空気を吸い過ぎた肺には痛いくらいだった。金髪の少女が二歩前くらいを歩くのをゆっくりと追いながら、白髪の少女はまだ見える星の輝きを辿った。
「あ、オリオン座」
ふと見えたのはオリオン座である。
オリオンは決して強かった訳ではない。愛に溺れて夢現の間に、たった一匹の蠍に刺されて死んだのだ。
弱者こそ愛を説こうとする。下らない事この上ない。
じきにオリオンは蠍を見て逃げ出す。早くこの綺麗な星空から消えてはくれまいか?
白髪の少女は、金髪の少女に肩を並べた。金髪の少女を見るが、反応が無い。目を瞑って何かに耳を澄ましているようだった。よく聞けば、また遠鳴りに電車の音が聞こえていた。
何秒としないうちに鉄橋を過ぎ、電車の遠鳴りは消えていった。
「…電車は何故音を立てるのだろう」
金髪の少女が呟く。
この子は知識に乏しい可哀想な子なのだ。でも可愛いので許す。
「急にそんな分かりきったこと」
「…そうだけど」
金髪の少女は余韻に浸っていた。
「何か言いたげね」
「…泣いているんじゃないかなぁ」

白髪の少女は、人差し指の先で髪をくるっと巻いた。
やっぱりこの子にはなれないなと、敗北感を再び味わっていたのだ。最も、白髪の少女が理想とする人物像は金髪の少女とは掛け離れていたが。
「同情でもしているの?」
白髪の少女が苛立ちを抑えられない儘の少し震えた声で言うと、金髪の少女はまるで心外、と言った風な反応を見せた。寧ろ驚いたのは白髪の少女の方だった。
「そんなのしてないって。でもまー思うところはあるよね」
「何よ急に大人ぶって」
「人格が安定しない」
金髪の少女が言うと、白髪の少女は汚い物を見るような目を、隣の少女に向けた。
「変態ね」
「どこかの誰かよりはまともだけどねぇ」
「まあ。誰かしらそれは」
白髪の少女が厭味っぽく睨むが、金髪の少女はまた目を閉じた。
――先ほどの反対車線を走る電車の音。がたんごとん。
がたんごとん。
がたんごとん。

余韻を聴きながら、少女は黎明の空を見上げた。照らされだす川の水がその光を反射して、感傷的。
金髪の少女は涼しい風を髪に受けて、静か過ぎる街の一部であることを無自覚なまま、その時は電車のことばかり考えていた。
余韻は消える。まるで、どこかの街で泣いた女の子の涙が乾いていくように。
「……やっぱり泣いているんじゃないかな」
「そうかもね」
白髪の少女は表情を見せないようにして、二歩くらい前へ行ってしまった。なびく髪が淡くなっていく夜の藍に映えて、なんだか綺麗だった。
金髪の少女は口元を緩めて、その隣へ歩く。
「素直じゃないなぁ」
茶化すように言うと、白髪の少女は照れくさそうに頬を染めながら、口元を尖らせた。

電車の余韻は、まだ何となく聞こえている気がした。