―無い物強請り。それでも助かりたいの。









黄色い髪の少女は、道端にしゃがんでいた。
秋桜が綺麗に咲いているのを、間近で見ようと思ったのだろう。白い髪を靡(なび)かせながら、もう一人の少女も彼女の隣へしゃがみこんだ。
白や桃色の秋桜が可愛く揺れる。
「可愛いねー」
甘声を出して、黄色い髪の少女は撫でるように花弁に触れる。
「そうねぇ…何時かの枯れた菫より綺麗ね」
この子は覚えていないだろう。そう思って皮肉っぽく言ってみたのだが、黄色い髪の少女は口を尖らせた。
鳥頭が覚えていたのだ。白い髪の少女は少し驚くと共に、ならばと追い打ちを掛ける。
「だってあれはもう菫の原型すら留めていなかったじゃないの。あれを綺麗って思うなんて、感性がずれ過ぎよ」
可愛い子には悪戯したくなるものである。
しかし珍しく、黄色い髪の少女は反論に出た。
「いいでしょー、何をどう思ったって。私はあれが綺麗だと思ったんだもん。大体、その感性の基準ってなに? 硝子ちゃんのあれ……えーっと、硝子ちゃんがよく言う…えーっと」
折角反論を言っているのに、これでは示しがつかない。
必死に思いだそうとしている少女を見て、白い髪の少女は呆れて肩を竦めた。やっぱり鳥頭だ。
「概念のこと?」
「そうそれ! それじゃないの?」
助けてもらった癖に、どうだ参ったかと言わんばかりの表情を見せる少女。白い髪の少女はこれ以上竦められる肩も無く、一つ溜息を吐いた。まだ幼い黄色い髪の少女は、その溜息を敗北感に依るものだと勘違いして益々偉そうな顔になっていた。何時も何時も白い髪の少女にあれこれ言われるので、勝った事が余程嬉しいのだろう。
白い髪の少女はゆっくりと立ち上がった。余りしゃがんでいては脚が痛くなってしまう。それに、もう秋桜には用が無い。
続いて黄色い髪の少女が立ち上がるのを尻目に、少女は歩き出した。


秋桜の花言葉は、乙女の真心とか、そんな感じである。ただ、こんな時代だ。こんな世界だ。乙女も真心もあったもんじゃないなと、白い髪の少女は秋桜を横目に思っていた。
黄色い髪の少女は良く似合うワンピースを揺らしながら、白い髪の少女の少し前を歩いていた。今日は天気が良いから、散歩も普段より晴々しい気分だ。
蝶を見つけて興奮している少女を見て、白い髪の少女はふと唐突に思い出した。
「…貴女、前に病気のことを言っていたわね?」
「んにゃ?」
唐突に問いを掛けられて、黄色い髪の少女は数秒ぼーっとしていた。やっと脳が声を認識して、今度は記憶を漁りだす。菫の事を覚えていたからこの事も覚えていると思ったが……やっぱり鳥頭かと白い髪の少女が再び呆れそうになった時、黄色い髪の少女が手を合わせた。
「あーうん。言った言った」
……珍しい事もあるものだ。今日の帰りは雨かもしれない。
そんな冗談は置いておいて、白い髪の少女は本題に入った。
「あれ、案の定新型抵抗剤が出たみたいだけど。やっぱり副作用があったみたいだし、病気の伝染が食い止められた訳でもないわね」
何かでぱっと見ただけの曖昧な情報だったが、白い髪の少女は疑ってはいなかった。黄色い髪の少女は何か不服そうに、つまらなさそうな顔をしていた。
「そういうこと言いたかったんじゃないんだけどなぁ……」
「? 今何て言った?」
「別に何でもない」
歩き出した黄色い髪の少女の後ろ姿を見て、白い髪の少女は少しの間怪訝な顔をしていた。ふと自分の余りの馬鹿さ加減に気がついて、初めて彼女に対する敗北感を覚えた。


沈みだした夕陽が秋桜を照らしていた。
天気が良いからと随分長い時間散歩していたので、二人とも脚に痛みを感じていた。そろそろ帰ろうと、来た道をああだこうだと雑談しながら戻っていく。
前を往く少女の影を踏みながら、白い髪の少女は新しい話題を投げかけた。疑問は解決すべきだ。
「ねぇ、どうして並んで歩かないの?」
夕陽の方角に向かって歩いているのだから、影が出来るのは後ろ。その影を白い髪の少女が踏めるという事は、白い髪の少女は黄色い髪の少女の後ろを歩いていると言う事である。雑談は絶えないものの、帰り始めてからは一度も並んで歩いていない。普段からこういう訳でもない、だから尚更疑問なのだ。
問いに黄色い髪の少女は振り向いて、逆光の影の中で再び勝ち誇ったような笑みを見せた。一種嘲るような表情に見えない事も無い、子供らしい表情。
「今日は私が勝ったから。私が前なの」
黄色い髪の少女はそう、高らかに言った。
勿論、黄色い髪の少女は勝ち誇っているのである。それに間違いは無い。しかし、白い髪の少女はそれとは別に敗北感を味わっている。白い髪の少女は、負けてはいないのだ。しかし直截どうでもいいことなので、白い髪の少女は今日はこのままでいいかと思った。どうせ明日には忘れているのだ。
でもやっぱり悔しいので、白い髪の少女はさり気なく前の少女を越えて、自分の影を踏ませることにした。
慌てて黄色い髪の少女はが付いてくるその表情を、白い髪の少女は敢えて振り向かずに想像して、勝ち誇ったように微笑んだ。結局何時も通りに並ぶ事になる。
黄色い髪の少女は悔しそうに口を尖らせて、隣で笑う少女を横目に見ていた。
「うふふ、何かしら?」
「なんでもないですよーだ」
舌を出す黄色い髪の少女に、白い髪の少女は益々嬉しそうに笑うのだった。
秋桜を何本か活けようと抱えて、二人は残る帰路へと着いた。

秋桜が直ぐに枯れたのは、言うまでも無い。