「あー…?」
いつも通りの朝日。といっても、カーテンの隙間から少し入ってくる程度。
目覚まし時計が鳴っている。標準的すぎて聞き飽きた音色。それでもしっかり起こしてくれる。
しかし、今日は目覚まし時計のおかげで起きた訳ではない気がする。
「…変な夢、見たなぁ」
上半身だけ起こし、だるそうに手を伸ばして目覚まし時計を止める。カチ、という音と共に音色も止まった。ついでにカーテンも開ける。急に部屋に溢れかえった光は眼が痛くなるほどに眩しく、部屋中を明るく照らした。
……本当に、変な夢を見た。
「………」
本当に変だ。内容も変、まあそれは夢だから置いといて、一番気になるのは、夢の内容の全部を明白に細かく覚えている、ということだった。まるでついさっき体験してきたかのような感じ。
それに、妙に訴えてくる。
「あの子、どうなったかな」
波に呑まれていった女の子。最後に見せた顔は、泣いていた。と言ったら嘘になる。
しかし、笑っていたと言っても嘘になった。
言ってはいけなかったこと。


女の子は、自分のことがとても大切だった。自分をとても大切にしていた。
だから髪の毛を綺麗に整えていた。それに、自分がお腹を満たすために、言いかえれば自分をお腹いっぱいにしてあげる為に、何日も祈っていたんだろう。自分を好きでいなければ、そんなことは出来る筈がない。自分を好きでいたからこそ、女の子は女の子だった。
そして女の子は、かみさまのこともとても大切に思っていた。自分と同じぐらいに。
かみさまはお魚を与えて下さる。女の子にとってかみさまは優しい存在で、お祈りするべき存在だった。
何日も祈っていた。かみさまを大切に思っていないと、出来る筈がない。
そう、女の子は、自分もかみさまも、とても大切な存在だったのだ。
それは決して比べてはいけなかった。聞いてはいけなかった。そうすることで、二つに優劣が出来、バランスが崩れるから。今までとても脆く弱く支えられていたものが、一気に崩壊するのだ。
そしてなにより、それを聞くことは女の子に生きるか死ぬかの選択を強いているようなものだった。
もし女の子が自分の方が大切だと言えば、それは自分もかみさまも裏切ったことになる。
もし女の子がかみさまの方が大切だと言えば、それはかみさまも自分も裏切ったことになる。
どっちにしろ選択肢など無かったのだ。残るものは、一つだけ。

全てが消えてしまえばいい。

かみさまも、女の子も、水溜りも、砂も。
全て消えれば、もう何にも無くていい。

大切なモノを捨ててまで生きるなんてことは出来ない。
大切なモノを拾ってまで死ぬなんてことは出来ない。

だから、最後に女の子は壊れたんだろう。どうすることもできずに、呑まれていった。


「はあ…俺馬鹿なこと言ったなぁ…夢の中でも馬鹿かよ…」
自分が好きだと言い切れたら、どれだけ楽だろう。
かみさまが好きだと言い切れたら、どれだけ楽だろう。
どっちも、大好きで、とても大切なのに。
しばらく自己嫌悪に陥っていた少年。大分眼も朝日に慣れてきた。
「早く起きなさーい。遅刻するわよー?」
唐突に聞こえる母親の声。ふと時計を見ると、何を考えていたのか、もう十分も経っていた。
ぐーっと背伸びする。腕を思いっきり伸ばすと、気持ちが良かった。
布団を無造作にめくってベッドから降りる。変な寝方をしていたのか、立った時に右足が少し痛かった。
夢の中での最初の行動と同じように後ろ頭を掻く。くしゃくしゃの髪の毛が指に絡みついた。
「ー…綺麗だったな、あの子の髪」
そう呟いて、部屋のドアノブを回した。

目の前に魚。朝食のメニューの中に焼き魚があった。
美味しそうに味付けされたそれ。味付けは母親がやったものだが、魚自体はスーパーでいくらでも手に入る。だけど、もったいない気がした。
「どんな魚食わされたんだろうな…」
もしあの時、自分が我慢して女の子が祈りを続けていたら、どうなっていたんだろう。考えてみるが、寝起きのせいなのか全く想像がつかなかった。
「何言ってんの。早く食べちゃいなさい」
「んー」
でもやっぱり、もったいない。
もし次あの女の子に会ったら、今度こそ一緒に魚が食べたい。
いつもはやらないが、少年は丁寧に手を合わせた。
女の子と同じように目を閉じた。

「いただきます」






水の星が、白とも黒とも言えない空に浮かんだ。