―大したことはないのに、すごく困る。







「う〜ん…」
また呆れるほどに晴れ渡った空。
しかし二人は外に居る訳ではない。まして内でもないが。
「んーん〜」
何処か遠くの方をぼーっと見詰めていた白は、繰り返すその声に振り向いた。
見れば、両手で頭を抱え、何度も右往左往している黒が居た。
困ったように瞼を閉じ、唸っている。
「んー」
「どうしたの?」
無表情に見ていた白が、寄って顔を覗きこむ。
白に気付いて開かれた瞳は大きく、携えた真黒が白の大人びた顔を映した。
その真黒な少女は、白に反して全身を真黒のワンピースで包み、おかっぱ程度の髪もまた深い黒だった。
黒は頭を抱えたまま顔を上げる。
「えっとね、さっきからあたまが痛くって」
困ったように訴えかけてくる瞳に、しかし白は無表情にそっぽを向いた。
今日も真っ青な空を、鳥が飛んでいく。
「何処かに打ったのかしら」
そう白が問うと、黒はまた一つ唸った。
「どこにもうってないよ」
「そう」
何もなく頭痛がするものなのだろうか、と白は思った。
それはたまにはあるかも知れないが、いつも元気に走り回っている黒が、何もなしに急に頭痛を起こすものだろうか。
何処かに頭を打って、でもそれを忘れてしまっているだけなのだろうか。
病気か何かだろうか。
白は振り向いて、黒の頭を撫でてみた。
急に頭を撫でられてあたふたする黒だったが、しばらくすると大人しくなった。
さらさらの髪が指に絡んで、肌に触れる。
頬を赤らめてぼーっとする黒。
「何処も打ってはないみたいね」
「うん」
一通り頭を撫でて腫れが無い事は確認した。
では頭痛の原因はなんだろう?
「風邪引いた? 若しくは引くような事をしたか」
白の問いに、黒はまた一つ唸った。
頭痛の所為かよく思い出せない。
「わかんない」
「そう」
どうやら本人に直接頭痛の原因はないようだった。
白はまた青空を見る。
雲が一つ二つゆっくりと流れ、果ては見えず何処までも広がる緑の景色。
その碧を鳥がまた、悠々と飛びまわっている。
一片の黒も無く、景色は続いたまま。


あれからまた数分経ったが、黒は未だ唸っていた。
何も考えずにただぼーっとしていた白だったが、ふと思う。
その赫い瞳に黒を捉えた。
「そういえばその頭痛、治したいのかしら」
また忙しなく右往左往していた黒は、白の声に立ち止まった。
頭を抱えている様子が、ヘッドフォンに手を当てているようにも見える。
黒は今までで一番困ったような表情をして、また軽く唸った。
しばらくして黒が口を開いた。
「…わかんない」
苦笑いする黒。
その答えに白は呆れるように肩をすくめた。
「若しかして被虐性愛?」
と悪戯に白が言うと、黒は顔を真っ赤にして首を振った。
しかし頭痛がするのに首を振るのは自殺行為だと思う。
案の定黒は後悔したように頭を抱え込んだ。
数秒してゆっくり顔を上げる。
「違うよぅ」
「じゃあ何で耳まで真っ赤なのかしら?」
突っ込まれて、黒は顔を隠すようにへなへなとしゃがみ込んだ。
そんな仕草が可愛くて、白は初めて愛おしそうに微笑んだ。
しゃがんだまま上目に白を見る黒。
「白ちゃんのいじわる」
「黒ちゃんが可愛いからよ」
そう微笑んで言うと、黒はまた耳まで真っ赤にして、今度こそ真下を向いて俯いた。
「ずるいよぅ…」
勝ち誇ったように一つ笑って、白は黒の前にしゃがんだ。
黒は顔を上げないまま、未だ二つ分の意味で唸っている。
白はまた、今度は愛でる意味を以て黒の髪に触れた。
さらりと軽く、一本一本が艶やかで、白の細くて真白な指を切り裂くかのよう。
甘くて優しい香りがして、白は気付けば――口づけていた。
黒は気付いていないのか気付いているのか、未だ耳まで真っ赤なまま唸っている。
もしその痛みが分かち合えたなら、どれほど嬉しいだろうかと思う。
大好きな人の痛みを受け取って、二人で分け合えば、痛みは軽くて済む。そうして、後の安らぎはより穏やかで優しいものに出来る。
でも、いくら触れても口づけても、その痛みが自分に伝わることはない。
口上でどれだけ何を言えても、本当にその痛みを解ることは出来ない。ましてその痛みを分かち合うなんて、神様にだって出来る筈はないと思った。
だからせめて、少しでも楽にしてあげられるように。
自己満足でいい。少しだけ痛みを忘れられるように、抱き締めてあげたい。
例えばそれが、真黒な少女でも。

黒はすねてしまったのか、まだ俯いたまま。
「まだ痛い?」
白の問いに小さく頷き、また黒は唸った。
白の、黒の頭を撫でていた手がふと止まった。
手を伸ばして、黒の柔らかな頬に触れる。
「ねぇ、私の事好き?」
なんて唐突に、自分で言って恥ずかしくなるようなことを訊くと、指先で触れた頬が少し熱くなった気がした。
少し間が空いて、小さな声で黒が言う。
「…うん」
「じゃあ顔上げてくれるかしら」
白の声に、黒の顔がゆっくりと上がる。
どことなくやつれた可愛らしい黒の顔が、白の赫い瞳に映された。
少し、音が消えた気がした。
「……ん」
不意に、黒にそっと口づける。
少し甘くて、やっぱり甘い。
唇を離すと、不貞腐れたように唇を尖らせた黒が居た。
しかしすぐに恥ずかしそうに笑う。
「いじわる」
「ごめんなさいね」
大好きな人が目の前に居て、いつの間にか痛みは何処かへ。
二人に、涼やかな風が一つ吹いた。









しばらくして。
黒が弾けたように振り向いた。
「おもいだしたよ、あたま痛かったの!」
白は少し興味を持ちつつ、呆れたように息をついた。
「何?」
「えっとね、白ちゃんのことずーっと考えてたの」
多分太陽も降参するだろう満面の笑みで言う。
白は呆れて、しかし愛おしく微笑んだ。
「馬鹿な子ねぇ」
「だって白ちゃんのことだいすきだもん」
「私も黒ちゃんのこと大好きよ」
そうして、そっと手を繋ぐ。



例えばその痛みを分かち合えたなら、今度は安らぎを分かち合おう。
何処かで誰かが泣いていても、二人でなら微笑めるから。