どれくらい時計の針が進んだだろうか。
壁に掛けてある時計の文字は、掠れていて読めない。
窓の外を見れば、まだ天気は不機嫌なまま、雨粒を流している。
城は溜息を吐いて、前髪を目に覆わせた。
「………」
何も見ていたくない。
こんな感情は久しぶりだった。それもこれもみんな、黒の所為。
どうしてあんなに可愛く微笑んで「好き」だなんて言うんだろう。
恐る恐る髪の隙間から見ると、ベッドに座ってぼーっとしている黒が居た。ふと白のほうを向いたかと思うと、心配そうに眉を垂らした。
そんな目で見ないでほしいのに。
「ねぇ白ちゃん」
黒の手が触れる。
白が抱え込んだ頭をゆっくりと起こすと、やはり心配そうに見つめる黒が居た。
「どうしたの?」
どうしたもこうしたもない。
お前の所為だ。
「ねぇ」
白が呟く。
黒はやっぱり微笑んで、優しく白の髪を撫でた。
痛い。
「どうしてそんなに―好きだとか、一緒に居られて嬉しいだとか言うのかしら」
…痛い。主に自分が。
白の目はまた机を見る。
俯いた白を不思議そうに見て、またすぐに微笑みながら黒は言った。
「だって、白ちゃんのこと大好きだもん」
その声に、作りも偽りも疑いない。
信じきれるのに、受け止めきれない。
「それ……やめてくれないかしら」
吐き出すように出した言葉に、白は酷く後悔を覚えた。
「? 何で?」
黒は不思議そうな目で白を見る。
白の、血染めの瞳が黒を捕らえた。
「…怖いから」


黒の手が、真白な白の手に重なる。
白が顔を上げると、寂しそうに目を細めた黒が居た。
違う。そんな顔をして欲しい訳じゃない。
「しんじてくれないの?」
違う。信じてる。
でもそれが、逆に疑わしくて。なんだか嘘のように思えて。
ただ自分を釣るための、甘い甘い飴玉のように思えている。
「わたし、ほんとうに白ちゃんのこと――」
言葉が切れる前に、黒の手が離れる。
白は手を震わせるばかりで、声が上手く出せなかった。
違うのに。涙が見たい訳じゃないのに。
「わたし……」
黒の頬に、雫が伝う。
顎を伝って落ちて、幾つかは真黒なワンピースを、もう幾つかは木の床を濡らす。
赤らんだ顔で鼻水をすすりながら、黒は縋るように白に抱きついた。
黒の柔らかな髪が触れて、白も泣きそうになる。
簡単なことだった。
好きなら好きとそう言えばいい。一緒に居られて嬉しいことを言いたいんなら、それを微笑んで相手に言えばいい。
ただそれだけだった。
だから、ややこしいことや難しいことが苦手な黒は、言葉に想いを乗せて気持ちを伝えた。
それも全部解っていたつもりだったのに、どうやら理解出来ていなかったらしい。
好きだと、嬉しいと想いを伝える手段があまりにも簡単すぎて、白には理解出来なかった。そんなに軽くて簡単な言葉は、きっと体を釣るための飴玉なのだろうと疑っていた。
信じていたはずなのに、どうやら自分は疑ってしかいなかったみたいだ。
さっき読んだ本にも書いてあった。
飴は、体を釣る為だけの道具じゃないって。


知らず知らずに、白の瞳から涙が零れる。
口元は自分を嘲って微笑んだまま。
「ごめんなさいね」
黒のか細い体を抱き締め返す。
ぎゅっと力を入れると、温かくて放したくない。
泣かせるつもりなんてさらさらないのに、優しく頭を撫でたら黒の啜り泣きは余計に酷くなった。
「もう。泣かないの」
「……うん」
腕を解いて見つめあうと、いつもの可愛い黒が、頬を真赤にしてはにかんでいた。
「いい子ね」
「えへへ」
そう。
気持ちを伝えるのなんて、こんなに簡単でいい。
窓の外では、日の光など一切見せない雨が降り続いている。





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