真っ白な少女は、本のページを捲った。
ほぼ無音に捲られたページに続く文字を追う。脳に飛び込んでくる文章を整理、同時に理解しながら、白はやはりつまらなさそうに溜息を吐いた。
その少女は肌も髪も真白で、纏うワンピースまでもが真白だった。ただ、今は本の文字を追っている瞳だけが血のように赤い。
木造りの暗い部屋の中では、その真白は少しだけ浮いていた。
腰をかけた木製の椅子が、ぎしと音を立てる。
ふと窓の外を見れば、窓に叩きつけるほど激しく雨が降っていた。
鬱陶しいとは思いつつも、それもまた一興、と思考を明るく持ってみる。
白はテーブルの上のティーカップを手に取り、口へと運んだ。湯気と共に心地よい香りが漂う。
雨の所為か室温は下がっていた。その所為と元々体温の低い体を、飲み込んだ紅茶が温めてくれる。
白はティーカップをテーブルに戻し、またページを捲った。
本の内容を整理すると、こうだ。
まず、飴細工職人がいる。
彼はとても腕が良く、人望もある人間だったのだが、ある日事故で死んでしまった。
彼の死を悲しむ者は多く、葬儀は厳粛に行われた。
それから数日経って、彼の弟子だった内の一人が発狂死する。
また数日経って、弟子の内また一人が、今度は首を吊って自殺する。
またまた数日経って、最後の一人が行方不明になる。
ただ、誰一人として彼らの死を悲しむことも、行方知れずの弟子を探そうともしなかったという。
まだそこまでしか読んでいない。


本を読み終えて、白はぐっと腕を伸ばした。ずっと同じ姿勢で目を細めていると、どうしても体が固まってしまうような気がする。肩を上下させると、少し楽になる。
結局本はあまり面白いものではなかった。閉じた本をテーブルの上に置く。
ティーカップに手を伸ばす。が、カップの中には何もなかった。
「あら」
本を読んでいる間に、いつの間にか結構集中していたらしい。
椅子から腰を上げると、また椅子はぎしと音を立てた。古いもののようで、見た感じも数十年間使っているように見えた。
白は立ち上がってもう一度ぐっと背を伸ばした。
見れば片足を放り出したような器用な姿勢で、部屋の隅にあるベッドの上で黒が寝ていた。
いつも同じときに寝るし寝ないときもあるので詳しくは分からないが、ああ見えて意外に寝相の悪い子なのかもしれない。
その少女は晒け出した肌こそ白いものの、それ以外は紙もワンピースも今は閉じている瞳も、影すら映さないほどに真黒だった。幼い顔つきが、その色調に似合わない。
黒の捲れ上がったスカートから覗く足に少しばかり頬を染めながら、白はベッドに歩み寄る。
静かに寝息を立てて、黒が眠っている。
私が本を読んでいて退屈だったのだろうか、それとも、ただ眠たかっただけなのだろうか。
いずれにせよ黒の可愛い寝顔が見られて、白としては悪いことはない。
しかし、ついつい目は――脚へと向けられる。
「………」
黒の脚へとそっと、折れそうにか細い腕を伸ばす。
指先が触れると、そこにあるのかどうかも不安になるほどに白い肌と、それの解けてしまいそうな感触が伝わった。
指で太腿の内側をなぞる。
柔らかく、どことなく卑猥な感じもするその感触に、白はやはり少しばかりの性的興奮を覚えた。
「……」
黒は未だに気持ち良さそうに眠っている。起きる気配はなさそうだった。
それを確認し、白は顔を、黒の下半身へと動かす。瞳が黒の生脚を眼前に捉え、白の鼓動が胸を突き破るほどに激しくなる。
下を伸ばし、肌を舐める。
ほんのり甘い味と、絹のような感触。
「くろ…ちゃん」
一つ自分を嘲っておく。誰も見ていないのならプライドも何も関係ない。自分の欲望のままに動けばいい。
少しだけいやらしく唾液の音がして、しかし白は止めない。
少し、甘噛みしてみる。
「……んっ」
びく、と目を見開いて視線を上げると、黒が眠たそうに目を擦っていた。
白は少し苦笑いしながら、しかし何もなかったかのように無表情に立ち上がる。
黒は寝ぼけているようでどうやら気づいていない。とりあえず安心しておく。
「んー…」
上半身を起こし、ぼーっと辺りを見回す黒。そうして、まだ片目を擦りながら立ち上がる。
白がいるのに気づいて、急にぱっちりと目を開いた。
「あれ、白ちゃん」
「居ちゃ悪いかしら?」
「ううん、うれしい」
なんだか最近、黒はよくこんなことを言う。
一緒に居られて嬉しいだとか幸せだとか、好きだとか愛してるだとか。
そんなありふれた言葉では何を伝わらないのは解っている筈なのに。
舌に残る感触を確かめながら、白はゆっくりと振り向いた。
何の疑いも曇りもない、無垢な笑顔を見せる黒。
「ねえ、何しよっか」
「そうねぇ」
部屋を見渡す。とりあえずあるのはベッドとテーブルと椅子と、キッチンぐらい。
木造で古い感じの家で、キッチンだけが浮いた存在だった。
ふと目に入った窓を見れば、さっきよりは弱くなっているものの、未だ激しい雨が降り続いていた。
と、不意に黒が声を上げた。
「あれ、どこかでうったかな?」
声に釣られて振り向くと、スカートを捲り上げて自分の脚を見ている黒が居た。
しかもよく見れば、さっき自分が甘噛みしたところが赤くなっている。そんなに強く噛んだつもりはなかったのだが、どうやらよほど興奮していたらしい。
黒は不思議そうにそれを見て、軽く指でなぞるとスカートを下ろした。
白は黒が顔を上げる前に慌てて視線を逸らす。
これほどまで髪が長く、耳が隠れていることに感謝したことはない。
白は下の先を出して、黒の肌の味を思い出していた。
「白ちゃん?」
「何でもないわ」
その言葉で、会話が切れる。
果たして黒は気づいているのではないだろうか?
そんな不安が白の頭に浮かんでくる。白は今ちょうど窓の方向を向いていて黒に背を向けているのだが、窓に映る黒の笑顔が綺麗過ぎて、どうしてか少し恐ろしくなる。
舌に残る甘味がなくなる頃になっても、二人は口を開かない。
窓の外には、雨がざぁざぁと落ちている。その内幾つかが窓に当たって、音を立てる。
室温はだいぶ冷えてきている。外に出たらもっと寒いのだろう。窓で遮断されているから良く解らないが、きっと雨も冷たくて、激しいのだろう。
少しだけ雨に濡れたくなる衝動を抑えて、白は後ろを向いた。
目にかかった前髪を細い指でどけると、未だに微笑んでいる黒が見えた。
白は不意に、目を背ける。
「…なぜ笑っているの」
直視など出来る筈もなかった。
重く呟いた問いに、黒が言う。
「だって、白ちゃんと居られるんだもん」


今にして思えば、黒と白とは反対の色である。
混ざるとそれは違う色になってしまうが、放っておいても結局は違う色になる。
黒と白とでは決して相容れない。
何故かと問われると明確に答えることが出来ないのが残念だが、黒と白とでは根本的に違うのである。強いて言うのなら、世界がそれを拒んでいるのかもしれない。
それなのに、白と黒は一緒にあってとても相容れる。
例えばそれは、飴玉と子供のようなもの。
どちらもお互いが好きでたまらないのに、自身が交わることを拒む。
そして誘う。
君と居たいと、君が嫌いだと、触れ合って突き放してまた愛し合う。
二人の女の子が、唇を重ねたように。
本のあとがきの内容が、大体こんな感じだった気がする。





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