―このまま待っていてもいい。







小さな口から、白い息。
締め付けるような冷たい空気が、駅のホームを満たしていた。夜空にはもう一等星が輝き始めている。
二人は立ち尽くして、電車を待っていた。
「寒いねぇ」
黒は手を口に当て、また一呼吸。
白は特に寒がる様子もなく、ずっと遠くへ続いていく線路を眺めていた。
屋根もないホームで、上にはずっと夜空。果てなく地平線が広がって、その向こうへ伸びる線路。
二人の息は白く、肌は冷え切っていた。
「寒いよう」
「そうねぇ」
黒は自分の体を抱きしめた。幾分か楽になるが、それでも寒い。
ふと、遠くから音がする。音はどんどん大きくなっていき、やがて小さな音を飲み込んでいった。
沢山の貨物を乗せたそれは、駅に入っても止まらないままで、轟音と共に走っている。
貨物と貨物の間から見える向こうのホーム。そこに見える人ごみ。
列車は冷たい風を二人に吹きつけて、ホームを去っていった。
「寒いなぁ」
辻褄を考える必要はなかった。とりあえず温まりたい。
何かいい方法はないかと模索してみたが、黒には思いつかなかった。
「あ、そうだ」
ふと黒が立ち止まったかと思うと、黒はそのまま走り出した。白が可笑しそうに見る先で、黒はホームの端を目指して全速力で駆け抜ける。
肌を、冷たい空気が切り裂いていくような感覚。しかしそれも走っているうちに気にならなくなった。
ホームの端に辿り着き、一息ついてから折り返す。また全速力で走り、さっきまでいた所を通り過ぎて反対の端まで行く。
白はそれを呆れるように見ていた。
温まれても、それだけ走れば苦しくなるだろうから、プラスマイナスゼロではないだろうか。
白が走るという動作を除いて温まる方法はないかと考えていると、黒が息を切らして戻ってきた。肩が上下に大きく揺れている。
苦しそうではあったが、黒の表情は明るかった。
「あ…温まったかな」
「そうねぇ」
微笑んで、白はまた線路の先を見やる。まだ電車は来そうにない。
それまでに温まる方法…ああ、一番簡単で手っ取り早く、確実なのがあった。

「黒ちゃん」
呼ばれて、夜空を眺めていた黒が振り向く。目が合った瞬間、白は黒をぎゅっと抱きしめた。やはり温まるには、人肌が一番だろう。
それも、世界で一番大好きな女の子の。
「ふふ。黒ちゃんの体、あったかいわ」
急にこんなことになって、黒はあたふたするばかり。
しかし白はお構いなしに、またぎゅっと腕に力を入れる。
離したくない。寒いからじゃない。
この腕から伝わる温もりが愛おしくて、憎らしくて、愛おしい。このままくっついてしまえばいいのにと、白はまた無意識に力を入れた。
抱きしめるだけで、こんなにも愛おしくなる。黒が好きで、本当に好きで。
抱いたのは自分からだけれど、この腕が離れるのがどうしようもなく怖かった。触れている髪が離れていくのが、苦しくて耐えられなかった。
ふと、白は力を抜いた。否、抜けた。
白が強く抱いたように、黒が白を優しく抱き返す。
「あったかいね、白ちゃん」
そう言って、白の背中をさする。もしかして私は…震えていたのだろうか。
白は泣きそうになるのをこらえて、またぎゅっと黒を、しがみつくように抱きしめた。
離れたくない。離したくない。愛していたい、でもどこかで憎んでいたい。
自分では黒と相容れないのは解っているつもりだ。でも、それがたまらなく嫌な時がある。
もうどうなってもいいから、黒と混ざってしまいたい。
いつの間にか、冷たさなどは感じなくなっていた。
その代りに、頬を温かいものが伝うのを感じた。





周りは黒ばかり。
相容れない自分がどうしてここに居るのか解らなくなった。
ただ、繋いでいる小さな手から伝わる温もりは、とても優しかった。
「電車来ないね」
線路の先を見ながら黒が言う。
あれから何分も経ったが、電車はまだ来ない。
「ねぇ黒ちゃん」
「なに?」
黒はいつも明るい。白はその笑顔を見るのが照れくさくて、空を見ながら言った。
「電車、きっと来ないわ。ずっとね」
「そうだね。でもいいんだ」
黒の笑顔は変わらない。
「ずっと白ちゃんと二人で居られるもん」




駅に、電車は二度と来なかった。