―それは徒の紙屑だけれど。






 私は生きていても何も出来ません
 生きているのが嫌になりました
 生きている理由が解らなくなりました
 今まで私と付き合ってくれた人たち、ありがとうございました。
 さようなら。死にます。
 さようなら。

   勝瀬 空



のどかな昼下がりの住宅街。
カーテンの隙間から入る光で満たされた静かな部屋。部屋は綺麗に整っている。
がたん。浮いた足が、椅子を離れる。

独りの少女が、首を吊った。








今日も変わらず退屈な日常。
弁当箱を目の前にして、少女は別の方向を向いていた。
「なんか…この学校、自殺する人多いね」
少女はあどけなさの残る声で呟いた。かわいらしい小顔に不釣り合いに大きな瞳が、教室端の席の上の花瓶を見つめる。
先週金曜日までその席には、勝瀬空と言う名の女子生徒が座っていた。彼女が今年度に入ってたった三か月のうちの、四人目の自殺者だ。
この高等学校は設備も整っているし外観も良い。進学就職率も高く教育は充実しており、地域との交流やボランティア活動等にも積極的に参加し、周囲からの評判は欠点の付けようもなく良い。問題を持った生徒や裏サイト等の存在も無く、人間関係も自殺に至るまでの問題はない。
しかし、たった三か月で四人が自殺するという、不可解で前代未聞な状況だった。

唐揚げを頬張り、少女は向き合って座る少女に視線を戻した。
食べ物を口の中に入れたまま喋るのは行儀が悪い。少女は口をもぐもぐと動かし、唐揚げを飲み込む。
「陽子ちゃん、悩んでることとかあったら言ってね」
陽子と呼ばれた少しやつれた少女は、無言で頷いた。小食なのか早食いなのか、既に弁当を食べ終わり、片づけている。
陽子は振り向き、花瓶を見る。祈るように目を瞑り、少女に視線を戻した。
「津原さんも…辛いこととかあったら言ってね。聞くぐらいは出来るから」
「うん。ありがとう」
にこやかに微笑んだ少女を見て、陽子は少しだけ顔を赤くした。
津原と呼ばれた少女は、再び花瓶を見る。
「勝瀬さん、いっつも独りだったよね」
「そうね」
「なんか寂しそうだったなぁ…」
記憶を漁る。断片的にしか思い出せないが、その記憶の中に映る彼女は、どれも寂しそうな辛そうな表情をしていた。一人で居た。
耳には、教室中から騒ぐ声が聞こえる。同じクラスの生徒が死んだ、それも自殺だと言うのに、いつも通りの馬鹿げたテンションだ。
彼女の死は、一体なんだったのだろう。
「もっと話してればよかったなぁ……」
少女は物憂げに弁当を見る。
もし彼女を誘って一緒に弁当を食べて、もっと沢山話をしていたら、彼女は死ななかったのだろうか。
もし自分がもっと早くに彼女の寂しそうな表情に気付いて話しかけていれば、彼女は死ななかったのだろうか。
事実はそこにあった。勝瀬空は死んだのだ。
昼下がりののどかな部屋で、首を吊って。
「死ぬことなんて、なかったのに」
少女の目に、涙が浮かぶ。
今になって彼女の死が、堪らなく悲しく、同時に寂しく思える。関わりの無い彼女でも、日常の端っこには彼女が映っていたのだ。
それがもう、無くなってしまう。
「ごめんね……」
弁当箱の手前へ、ぽつぽつと水滴が落ちる。
陽子はハンカチを差し出して、少女の涙を拭う。
「私は勝瀬さんのことよく知らないけど…勝瀬さんがそれを選んだの」
それ――つまり、自殺。
彼女の体がぶらんぶらんと浮いているのが、容易に想像出来た。
「勝瀬さん自身が、死ぬ事を選んだの。それは誰にも止められないし、止めてはいけない」
「でも…やっぱり嫌だよ…」
何度か話しただけの彼女の顔が、浮かんでは消える。
花瓶の花だけが、綺麗に咲いていた。
まるで、そこに居た少女を嘲り笑うかのように。






晴れた週末。
のどかな昼下がりに、勝瀬空の眠る墓の前で、二人の少女が目を閉じていた。
冷たい水と綺麗な花。


さようならとごめんねが、彼女には届かないけれど。