―誘わるが逝く、または釣られて踊る。



目が潰れるかと思うほど陽は強く、空には雲などない。
直截に体を照らす光に腕で影を作りながら、少女は掲示板に馬鹿馬鹿しく張り出された紙を覗く。
全く人が多い。いくらか消えてはくれないだろうか。
いや、この人間たちとこれから一緒に高校生活を送るのか。そう思うと、少女は途端に受験結果を見るのが嫌になった。
もし受かっていたらどうしようか。面倒くさいことこの上ない。
「あ…あった」
少女は期待外れに、合格発表の紙の中に自分の名前を見つけた。
……受かってしまった。
合格を確認し、少女は即座に人だかりから離れた。それでも、そこの人間が放つ雑音が消える訳ではない。
せいぜい暑苦しくないぐらい。
どうにかならないのだろうかこいつ等の発声器官は。
しょうがなく少女は教材等を受け取ろうと、校舎の方へ歩き出した。その間も無駄に暑い光が少女を照らす。
そんな歓迎の光はいらないから、桜の一つでも咲いていればいいのに。つまらない学校だ。
少女に親はいない。死んだから。
親も無しにどうして高等学校に来れようか、そんなことは面倒なのでこの際説明は省こう。
それで、周りが親子だらけの中で少女だけが孤立していた。
五月蠅く騒ぐ馬鹿共の声に、少女は手の中の書類を握りしめる。
そのまま、潰れてしまえばいいのに。


「ねぇねぇっ」
不意に少女の肩を小さな手が叩いた。
少女が振り向くと、そこには背の低い、中学生かと思うような女の子が居た。
細めていた眼が自然に緩んでいく。
「合格してた?」
「…うん」
「私も! 良かったね、受かって」
彼女も割と高い声を持っていたが、不思議と嫌気は差さなかった。
五月蠅いのと賑やかなのは違う、ということだろう。
…そういえば。
「君、一人なの?」
「そうだよ」
女の子はあっさりと返した。確かに親らしい人物は見当たらない。
少し、重なる。
「親は来れなかったんだ」
「うん。死んじゃってるから」


手の中で歪んだ書類が、ばさりと落ちる。
同情が欲しい訳じゃない。きっと彼女も望んでいないだろう。
でも私はつい…彼女を自分の支柱にしたくなった。
「…私の親も、もういないんだ」
少女の目はとても綺麗だ。視力も、周りと比べると群を抜いて良い。
それなのに、どこを見てもお母さんもお父さんも居ない。
ほったらかしの黒髪。荒れた肌。折角の可愛い顔を、深いくまが台無しにする。
今まで優しく髪を梳いてくれた母は何処かへ消えた。今まで頑張った分だけ褒めてくれた父も何処かへ消えた。
母の作る料理が大好きだった。父が休日に、自分がテレビを見る横で胡坐をかいて新聞を読んでいる姿が大好きだった。
たった二つの愛だったのに。
「もう…何処を探しても居ないんだ」
少女の頬に、涙は伝わない。
けれど、女の子の頬には光るものが見えた。
「大好きだったんだね。両親のこと」
少女の目に、一寸の光が差す。
或いはそれは一人の少女であったり。


「私ね、頑張ったんだ」
女の子の笑顔は眩しすぎて、目が痛んだ。
それなのに、私の薬はそれしかない。
女の子はどこか遠くを見ていて、でも少女にはとても見ることが出来ない。
「受験って大切でしょ? 受からないとお母さんもお父さんも心配するから」
私には無理だ。
彼女みたいに笑えない。
「合格通知見せて褒めてもらうんだ」
…夢と現実が混ざってるじゃないか。

馬鹿馬鹿しい。



触れられるか? 見えるか? 感じられるか? 聞こえるか?
ノーだ。何もない。誰も居ない。
死んだ。あいつらは死んだ。いくら頑張っても合格通知を見せても帰ってはこない。
耳を塞いでしゃがみ込んだ。目からは汚い何かが。
鼓動が打つ度に、手首の傷が痛んだ。何重にも重なった瘡蓋が。
何度も差し出そうとした、二人の所へ逝ける切符。
「……」
女の子には言葉が見つからない。
群衆も心配そうに見る者もあれば、軽蔑するように見る者もある。
もういっそ此処で、死んでしまえたらいいのに。
しんでしまえたら、おかあさんとおとうさんにあえるのに。


しんでいいんならもうなかなくていいのに。