―星に願いを。










午前二時。
家の明かりも殆どが消えて、暗闇が深く深く続く。
月明かりがない。空を雲が覆い、雨を降らせていた。この時期は雨になることが多いとよく言うが、全くその通りだった。
二人の少女は、傘も差さずに河原沿いを歩いてく。
雨の音に混じって遠鳴りに電車の音が聞こえて、妙に現実味を感じた。


今日は七夕である。一年に一度、織姫と彦星が会えるというあの日。
この日はよく雨になって、雨が降ると川が増水して二人は会えないと言うが、実際雨を降らす雲よりも高く遠い場所に天の川があるのだから、そうでもない気がする。
少女は雨を手で受けつつ、空を見上げた。
あの雲の上で、二人は出会っているのだろうか。
もしかしたら雲は、二人を隠しているだけなのかもしれない。きっと照れ屋さんなんだろう。
人間がああだこうだと見世物みたいに邪魔をするから、二人だけで居られるように、雲で人間を隔離する。たまに晴れる日があるが、それはきっと神様が、二人を見せしめにしているのだろう。
お前らも私の怒りを買うとこういうことになるぞ、と。神様も意外に幼稚で、そうやって脅しをかけているんだろうか。
そんなこんなで、兎に角七夕の日に晴れるのは良くない。
二人が、二人だけで出会えないのだから。


人は別に織姫と彦星が出会い、一年に一度愛を確かめ合えることを願っている訳ではない。
七夕とは、それに鎌掛けて自分たちの願いを叶えようとしているだけの、とても厭らしいイベントなのである。
だから叶わないことが多い。下心があるからだ。
表面上綺麗なようで、自分さえよければそれでいいと、内心を露呈しているようなものだ。なんと汚い行事だろうか。
短冊に書くというのも卑劣である。
書き記す、ということは自分の意思を再確認するとともに、少なからず人目に付くということだ。それは表向き星へと届ける願いなので、綺麗に見える。しかし実際は他人へのあてつけや嫌味である。
自分はこんな願いを持っている。その人にとっては叶いそうな願いでも、叶う事が絶望的な人もいる。もしかしたら、既に叶っている人も居るかも知れない。
願うことすら叶わない人もいるのである。夢を持って星に願いを掛け、一年に一度の行事を楽しむ。
そんな様子を見て、星すら見えぬ人は何を感じるのだろうか。
きっと呟くのであろう。星に願いを、と。



河原には、雨が打ちつけている。
「ねぇ、どうして笹の葉に短冊を吊るすのか知ってる?」
白髪の少女が問う。
雨の所為で、少女自身に聞こえる自分の声も掠れていた。
もう一人の淡い黄色の髪の少女が、興味津津、と言った風に目を輝かせる。
「どうして?」
「さぁねぇ。私も知らない」
「何よそれー」
黄色の髪の少女が頬を膨らませる。白髪の少女が笑うのを見て、そっぽを向いてしまった。
「ごめんごめん。じゃあこれは?」
白髪の少女の声に、黄色の髪の少女が振り向く。
目の前に掲げられた手は、指先で物を吊るしている様を表していた。
白髪の少女が悪戯に笑う。
「笹の葉に、首吊人形を吊るす理由」
「あ、知ってる知ってる!」
途端に表情を変え、楽しそうに笑う少女。
「どうしてかしらね?」
「首を吊るす、それはつまり心と体を切り離すということを示すのよね」
黄色の髪の少女は指を立てて自慢げに言った。
白髪の少女を横目にちらと見て、続ける。
「つまり自由になるということ。心と体は強い繋がりを持つけど、切り離してしまえばいとも簡単に独立する。二つ分の自由が生まれる訳ね」
「それで?」
「だからー…そう。二つ分、二人分の自由を織姫と彦星に与えましょうと」
「そうそう。そういうこと」
白髪の少女が小さく拍手するのを見て一瞬怪訝な顔をしたが、すぐに自慢げに胸を張った。
今頃二人は何をしているのだろう。本当に川が増水して、名前を叫び合っているのだろうか。それとも一年ぶりの再開に抱き合っているのだろうか。
どちらでも構わない。どうせ地上の生き物には関係のないことだ。
「でも人間は自分勝手ねぇ」
「?」
「人形を犠牲にするなんてね」
「それはほら、人形っておもちゃだし、人間が作ったものだし」
「だから駄目なのよ。命でなければ意味がないの。人間は、自分たちは自分勝手ですよ、ずるいですよー、って言ってるようなもの」
黄色の髪の少女は首を傾げる。唐突な話題で意味が掴めなかったのだろう。
白髪の少女はまた、優しく微笑んでみせた。
「要するに、短冊もいいけどたまには首吊人形も飾りましょう、と」
「今年も平和だねぇ」


短冊に、二人が会えますようにと願いを込めて。