02日没 「日没」

―例えばそれが変な愛でも、僕等は大切に持っているんだ。







あの日見たような、綺麗な夕焼けの空。
太陽はまだ起きていたいのか、頭のてっぺんを地平線の上にひょっこりと出して踏ん張っていた。
日は必ず沈む。月が浮かぶ。そしてまたハイタッチする。
君の存在がそのくらい当たり前になりつつあって、少しだけ怖い。
この思考を君が知ったら、きっと無愛想に笑うのだろうけど、まあ彼らしくていい。
少し先を行く彼の隣りへと、私は小さな足で駆け寄る。

「きれーな空だね」
沈みゆく日を眺めながら言う。
二人が歩く河原をオレンジの日が照らし、濃い影を長く作った。
少し背伸びした気分で、少女は彼より少し先を歩く。
「明日もこんなだといいなー」
呑気にそう言うと、彼は大きな欠伸をした。
「だなー」
彼も意外に呑気らしい。
付き合い始めて早数か月、私たちは割と気が合う。
どっちかというと私たちは仲のいい男女友達みたいな感じだけど、そうでもない。そうだけど。ちゃんとオトコとオンナのこともやりました。
や、やることはやってるんだぜ?
彼ってば普段は無愛想でかっこつけで趣味悪い癖に、えっちなことするときは無駄に臆病で奥手でヘタレなんです。そこが、可愛いんだけど。
実際、彼のことを好きだと実感したことは一度もない。何でかな、一緒に居るのが当たり前というか。
彼の隣りにいる時。彼の上で喘いでるとき。彼の後ろで微笑んでるとき。
そんなときしか、生きてるって思えないんです。
そんな不器用な恋なんです。

「たまにさ、急に吐き気しない?」
いつも通り支離滅裂で、意味不明な話題を吹っ掛けてみる。
「頭ぐわんぐわんしてさ、世界すらどうでもよくなるの」
お日様絶賛日没中。
影はだんだん辺りの暗さに同化して、薄くなっていく。
彼は少し考えるように唸って、立ち止まった。少女も立ち止まる。
少女の適当に梳いただけの黒髪が、風に揺れない。
「…よくある」
彼は上を向いて大きく息を吐いた。
頭を戻して少し俯かせて、右手で顔を覆う。
「今が正にそうだよ」
「何よそれー。私が原因みたいじゃん」
少女が口を尖らせると、彼はぷっと可笑しそうに笑った。
少女も釣られて笑う。
歩きだした彼の隣にひっついて、少女も歩き出す。
「ねぇねぇ、手繋いでいい?」
少し悪戯な目で言う。
しかし彼は「嫌だ」と即答した。
「まあ予想通りだ」
冷笑し、少女は空の向こう側を見る。
頑張ってた太陽も限界らしい。頭のてっぺんは見えなくなり、地平線の下へと沈んでいた。
お疲れ様。明日もよろしくねー。
「太陽はいつか沈む。翳らない光は絶対に無い」
彼は前を向いたまま視線を動かさない。
どうせ独りごとなので別にいいけど。
「逆も然り。ではこの世に唯一絶対の事象など存在するのだろうか?」
普通の女子高生らしからぬ台詞に、自分でも疑問を感じつつではある。まあそんなのも含めて自分なのでどうせなら死ぬまで可愛がろうと思う。
隣の彼を見ると、いつもの無愛想な表情でこっちを見ていた。
目が合ったので、悪戯に笑う。
「そんなのはない。でもそんなことが有り得ない。この世界、真理を創造構成立証維持する情報、それに関わる不安定不確定要素と絶対現実。物的要素。有り得ないなんて事が有り得なくて、有り得るという事が有り得ている」
この世界は例えば、どっかの誰かが真白なノートに書いた情報で構成されているのかも知れない。
宇宙がありますよ。銀河がありますよ。星がありますよ。地球がありますよ。色んな生き物がいますよ。
そんな感じ。
どうせ消しゴム一つで消せるような下らない世界だ。
「強いて一つだけこの世界の絶対確実な確定要素を挙げるとすればそれは――」
まあ、少女漫画みたいなもんです。
砂糖1000ミリグラム分の、あまーい愛をあげる。

「君が好き」



唇に感触。
暗くてよく解らないが、彼は顔を真赤にしていた。ヘタレだ。
ああ、今私は生きているんだ。
不安定要素な私でも、今生きているんだ。
「君が欲しい。君を感じていたい」
彼の胸に顔を押しこんで、精一杯の力で抱き締める。
彼はいつも、抱き返してくれない。
「今生きてるのよ私。君と居る時だけ、生きてる。不安定を安定にさせられる」
彼にとって私が何だっていい。
例えば愛玩具でもただの友達でも彼女でも他人でも嫌いな奴でも。
彼は今きっと、無表情なんだろう。
「君が好きなんだよ? これだけは真理の絶対の真実なの」
彼は人を信じない。私に対してもそう。きっと今の言葉も信じちゃくれていない。
それでもいい。
信じることと愛することは違うから。
「私…死んでるんだもん……」
彼が、私の心臓だった。


手を振ってそれぞれの家へ向かう頃には、もう月が見え始めていた。